「武蔵小杉」「相模原」「讃岐うどん」「薩摩芋(さつまいも)」。これらに共通しているのが、現在の都道府県とは別に日本にかつて存在した旧国名です。明治のはじめまで、日本は68の「国」に分かれていました。その名前は廃止されたあとも、駅名・名産品・名字となって、いまも私たちの暮らしのあちこちに生き残っています。
この記事では、五畿七道(ごきしちどう)に属する68の令制国(りょうせいこく)を地方別の一覧表にまとめ、それぞれの読み方・現在の都道府県・名前の由来を解説します。さらに、なぜ「武蔵」「相模」のように漢字二字で揃っているのか、「越前・越中・越後」はどう名付けられたのか、覚え方のコツまで、旧国名のすべてを一気に楽しめる保存版です。

目次
旧国名(令制国)とは?律令制が生んだ68の国

旧国名とは、奈良時代の律令制(りつりょうせい)のもとで定められた地方行政区分「令制国」の名称のことです。7世紀後半から8世紀のはじめに国の区画と名前が整えられ、その枠組みは境界の変動こそあれ、明治のはじめまで約1200年にわたって使われ続けました。
令制国は全部で68か国とされます。これは本州・四国・九州にあった66国に、島である壱岐(いき)と対馬(つしま)の2国を加えた数です。行政区分としての令制国は、明治4年(1871年)の廃藩置県でその役割を終えましたが、地理的な呼び名としてはその後も長く使われました。
令制国をまとめた「五畿七道」とは
68の国は、都の周辺と、そこから伸びる7本の幹線道路(街道)にそってグループ分けされていました。これを五畿七道といいます。
「五畿」は都の周辺にあった大和・山城・河内・和泉・摂津の5国(畿内)を指します。「七道」は、そこから地方へ伸びる東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道の7つのエリアです。のちに蝦夷地(えぞち)が「北海道」として加わると、五畿八道(ごきはちどう)と呼ばれるようになりました。東海道や山陽道といった名前が、いまも新幹線や高速道路に残っているのは、この区分の名残です。
なぜ漢字二字で揃っているのか?【好字二字令】
旧国名をながめると、ほとんどが「相模」「駿河」「但馬」のように漢字二字で揃っていることに気づきます。これは偶然ではなく、国のルールで決められたものでした。
和銅6年(713年)、元明天皇(げんめいてんのう)は各地の地理や産物をまとめた『風土記(ふどき)』の編さんを命じるとともに、「諸国郡郷名著好字令(しょこくぐんごうめいちょこうじれい)」、いわゆる好字二字令(こうじにじれい)を出しました。これは中国の二字地名にならって、国・郡・郷の名前を「良い意味の漢字二字」で表記しなさい、という指示です。
この命令によって、それまで一字や三字だった地名が二字に整えられました。たとえば「粟国(あわのくに)」は阿波に、「木国(きのくに)」は紀伊に、「上毛野国(かみつけののくに)」は上野(こうずけ)へと書き換えられています。旧国名がどれも端正な二字で揃っているのは、1300年以上前のこの言語政策のおかげなのです。

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名前の由来でわかる!つけ方の5つの類型

個々の由来に入る前に、名前のつき方をざっくり5つの類型に分けて見ておくと、一覧がぐっと読みやすくなります。由来には諸説あるものも多いのですが、おおよそ次のパターンに整理できます。
- 地形に由来……河内(川の内側)、山城(山の背後)、長門(長い海峡)、志摩(島が多い)、甲斐(山の峡)など。
- 産物・植物に由来……紀伊(木が茂る木国)、阿波(粟の産地)、吉備(黍の産地。備前・備中・備後の元)など。
- 神話・信仰に由来……出雲(八雲立つ神話の地)、日向(天孫降臨の地)、伊勢(伊勢津彦の伝承)など。
- 距離・方位に由来……越前・越中・越後、備前・備中・備後など、都からの距離で前・中・後を付けたもの。
- 既存地名の佳字化……好字二字令で、粟→阿波、木→紀伊のように良い字に整えたもの。
それでは、五畿七道のグループごとに、68国を一気に見ていきましょう。
【畿内】旧国名一覧と由来|都を囲む5国
畿内(きない)は、奈良や京都の都を中心とした5つの国です。日本の政治・文化の中心地で、名前にも都との関係が色濃く出ています。
| 旧国名 | 読み方 | 現在の都道府県 | 名前の由来 |
|---|---|---|---|
| 大和 | やまと | 奈良県 | 山に囲まれた地「山処(やまと)」の説など |
| 山城 | やましろ | 京都府南部 | 奈良の都から見て山の背後「山背」から |
| 河内 | かわち | 大阪府南東部 | 大和川などの「川の内側」の地 |
| 和泉 | いずみ | 大阪府南西部 | 霊泉に由来。「泉国」を二字に整えた |
| 摂津 | せっつ | 大阪府北部・兵庫県南東部 | 難波津を管理する「摂津職」から |
もともと奈良の地名だった「大和(やまと)」は、のちに日本そのものを指す言葉にまで広がりました。山城は平安京が置かれる際、桓武天皇が「山に囲まれた城(みやこ)」にふさわしい字として「山背」から「山城」へ書き換えたと伝えられます。和泉は読み方が「いずみ」のままで、二字令のために添えた「和」を読まないのが面白いところです。
【東海道】旧国名一覧と由来|太平洋側の15国
東海道(とうかいどう)は、伊勢から関東までの太平洋沿岸を結ぶ大動脈です。15か国と数が多く、いまの三重県から茨城県までが含まれます。
| 旧国名 | 読み方 | 現在の都道府県 | 名前の由来 |
|---|---|---|---|
| 伊賀 | いが | 三重県西部 | 地形に由来する説など諸説あり |
| 伊勢 | いせ | 三重県中部 | 神「伊勢津彦」に由来する説など |
| 志摩 | しま | 三重県東部 | 入り組んだ海岸=「島」の地形から |
| 尾張 | おわり | 愛知県西部 | 「小墾(おはり)=開墾地」の説など |
| 三河 | みかわ | 愛知県東部 | 三つの川に由来する説 |
| 遠江 | とおとうみ | 静岡県西部 | 都から「遠い淡水湖」=浜名湖から |
| 駿河 | するが | 静岡県中部 | 急流を表す「するどい河」の説など |
| 伊豆 | いず | 静岡県東部・伊豆諸島 | 突き出た半島「出(い)づ」の説 |
| 甲斐 | かい | 山梨県 | 山と山の間「峡(かい)」の地形 |
| 相模 | さがみ | 神奈川県 | 諸説あり。武蔵と一国だった説も |
| 武蔵 | むさし | 東京都・埼玉県・神奈川県北東部 | 諸説あり、定説はない |
| 安房 | あわ | 千葉県南部 | 阿波から渡った忌部氏が開いた地 |
| 上総 | かずさ | 千葉県中部 | 「総(ふさ)国」の都に近い側 |
| 下総 | しもうさ | 千葉県北部・茨城県南西部 | 「総国」の都から遠い側 |
| 常陸 | ひたち | 茨城県 | 道が続く「直通(ひたみち)」の説 |
遠江(とおとうみ)と、後で出てくる近江(おうみ)は対になった名前です。都から見て近い淡水湖(琵琶湖)が「近つ淡海」=近江、遠い淡水湖(浜名湖)が「遠つ淡海」=遠江、というわけです。安房(あわ/千葉)と阿波(あわ/徳島)が同じ読みなのも偶然ではなく、阿波の忌部(いんべ)氏が黒潮にのって房総半島へ渡り、麻を植えて開いた地だと伝えられています。
【東山道】旧国名一覧と由来|内陸の8国
東山道(とうさんどう)は、近江から東北までの内陸部を貫く街道です。山がちな地形を反映した名前が多く、東北地方の広大な2国もここに含まれます。
| 旧国名 | 読み方 | 現在の都道府県 | 名前の由来 |
|---|---|---|---|
| 近江 | おうみ | 滋賀県 | 都に近い淡水湖「近つ淡海」=琵琶湖 |
| 美濃 | みの | 岐阜県南部 | 「三野=広い野」の説など |
| 飛騨 | ひだ | 岐阜県北部 | 山深い地。由来は諸説あり |
| 信濃 | しなの | 長野県 | 坂や段丘を表す「科(しな)」から |
| 上野 | こうずけ | 群馬県 | 「毛野(けの)国」の上の側から |
| 下野 | しもつけ | 栃木県 | 「毛野国」の下の側から |
| 陸奥 | むつ | 青森・岩手・宮城・福島県 | 都から最も遠い「道の奥」 |
| 出羽 | でわ | 秋田・山形県 | 越の北の「出端(いでは)」の説 |
上野(こうずけ)と下野(しもつけ)は、もともと一つの「毛野(けの)国」が上下に分かれたものです。好字二字令で「毛」の字が省かれて二字になりましたが、読み方に「け」「つけ」の音が残っているのが歴史の名残です。陸奥(むつ)は「道の奥」、つまり都から見て道のいちばん奥という意味で、「みちのく」という言葉もここから生まれました。
【北陸道】旧国名一覧と由来|日本海側の7国
北陸道(ほくりくどう)は、若狭から越後・佐渡までの日本海側のエリアです。「越(こし)」の名を分け合う3国が並びます。
| 旧国名 | 読み方 | 現在の都道府県 | 名前の由来 |
|---|---|---|---|
| 若狭 | わかさ | 福井県西部 | 若狭彦神に由来する説など |
| 越前 | えちぜん | 福井県東部 | 「越(こし)国」の都に近い側 |
| 加賀 | かが | 石川県南部 | 823年に越前から分かれた最も新しい国 |
| 能登 | のと | 石川県北部 | 岬を表す語に由来する説など |
| 越中 | えっちゅう | 富山県 | 「越国」の中ほど |
| 越後 | えちご | 新潟県本土 | 「越国」の都から遠い側 |
| 佐渡 | さど | 新潟県佐渡島 | 島を表す古い地名から |
加賀には、ちょっとした記録があります。もともと越前の一部でしたが、弘仁14年(823年)に分立しました。これは令制国のなかで最も新しく誕生した国で、これ以降に新しい令制国がつくられることはありませんでした。加賀友禅や加賀百万石でおなじみの「加賀」は、令制国の最後の一国だったのです。
【山陰道】旧国名一覧と由来|出雲を擁する8国

山陰道(さんいんどう)は、丹波から石見・隠岐までの日本海側の8国です。神話の国・出雲をはじめ、由来に物語をもつ国が並びます。
| 旧国名 | 読み方 | 現在の都道府県 | 名前の由来 |
|---|---|---|---|
| 丹波 | たんば | 京都府中部・兵庫県北東部 | 諸説あり。赤土「丹」に由来する説も |
| 丹後 | たんご | 京都府北部 | 713年に丹波の北部が分立 |
| 但馬 | たじま | 兵庫県北部 | 由来は諸説あり |
| 因幡 | いなば | 鳥取県東部 | 稲作地「稲葉」、神話「因幡の白兎」 |
| 伯耆 | ほうき | 鳥取県西部 | 難読。由来は諸説あり |
| 出雲 | いずも | 島根県東部 | 「八雲立つ」神話の地。雲が湧く説 |
| 石見 | いわみ | 島根県西部 | 岩の多い海岸「岩見」から |
| 隠岐 | おき | 島根県隠岐諸島 | 「沖」にある島から |
出雲は「八雲立つ出雲」と歌われた神話の中心地で、雲が湧き出る地という解釈もあります。出雲大社に代表されるように、国の名前そのものが日本神話と深く結びついています。因幡は「因幡の白兎(しろうさぎ)」の舞台としても有名ですね。

【山陽道】旧国名一覧と由来|瀬戸内の8国
山陽道(さんようどう)は、播磨から長門までの瀬戸内海側の8国です。「吉備(きび)」を分けた3国と、本州の西端・長門が並びます。
| 旧国名 | 読み方 | 現在の都道府県 | 名前の由来 |
|---|---|---|---|
| 播磨 | はりま | 兵庫県南西部 | 「針間」など、由来は諸説あり |
| 美作 | みまさか | 岡山県北東部 | 713年に備前から分立 |
| 備前 | びぜん | 岡山県南東部 | 「吉備(きび)国」の都に近い側 |
| 備中 | びっちゅう | 岡山県西部 | 「吉備国」の中ほど |
| 備後 | びんご | 広島県東部 | 「吉備国」の都から遠い側 |
| 安芸 | あき | 広島県西部 | 由来は諸説あり |
| 周防 | すおう | 山口県東部 | 由来は諸説あり |
| 長門 | ながと | 山口県西部 | 「長い門(海峡)」=関門海峡から |
備前・備中・備後は、もとは黍(きび)の産地ともいわれる大国「吉備国」が3つに分けられたものです。さらにその一部から美作が分立したため、岡山県のあたりには吉備系の旧国名が4つも集まっています。長門は「長い門」、つまり本州と九州をへだてる関門海峡を指し、もとは「穴門(あなと)」と呼ばれていました。播磨にある世界遺産・姫路城は、旧国の城下町の面影を今に伝えています。
【南海道】旧国名一覧と由来|紀伊・四国の6国
南海道(なんかいどう)は、紀伊半島と淡路島、そして四国の4国を合わせた6国です。海に開けた地域で、名前にも産物や海路が反映されています。
| 旧国名 | 読み方 | 現在の都道府県 | 名前の由来 |
|---|---|---|---|
| 紀伊 | きい | 和歌山県・三重県南部 | 木が茂る「木国(きのくに)」を二字化 |
| 淡路 | あわじ | 兵庫県淡路島 | 「阿波への路」にあたる島 |
| 阿波 | あわ | 徳島県 | 「粟(あわ)」の産地「粟国」から |
| 讃岐 | さぬき | 香川県 | 難読。由来は諸説あり |
| 伊予 | いよ | 愛媛県 | 由来は諸説あり |
| 土佐 | とさ | 高知県 | 由来は諸説あり |
紀伊は、森林が豊かな「木の国」が語源とされ、好字二字令で「紀伊」と整えられました。一字だった「き」を「きい」と読み伸ばしているのが特徴です。淡路は「阿波への路(みち)」、つまり都から阿波国へ渡るときに通る島という意味で、隣の阿波(粟の国)とセットになった名前です。讃岐は今や「讃岐うどん」のブランド名として全国区ですね。
【西海道】旧国名一覧と由来|九州の11国
西海道(さいかいどう)は、九州本土の9国に、島の壱岐・対馬を加えた11国です。大陸への玄関口として、古くから重要視されたエリアです。
| 旧国名 | 読み方 | 現在の都道府県 | 名前の由来 |
|---|---|---|---|
| 筑前 | ちくぜん | 福岡県北西部 | 「筑紫(つくし)国」の都に近い側 |
| 筑後 | ちくご | 福岡県南部 | 「筑紫国」の都から遠い側 |
| 豊前 | ぶぜん | 福岡県東部・大分県北部 | 「豊(とよ)国」の都に近い側 |
| 豊後 | ぶんご | 大分県中南部 | 「豊国」の都から遠い側 |
| 肥前 | ひぜん | 佐賀県・長崎県 | 「肥(火)の国」の都に近い側 |
| 肥後 | ひご | 熊本県 | 「火の国」の都から遠い側 |
| 日向 | ひゅうが | 宮崎県 | 「日に向かう」天孫降臨の地から |
| 大隅 | おおすみ | 鹿児島県東部 | 713年に日向から分立。「端の地」 |
| 薩摩 | さつま | 鹿児島県西部 | 由来は諸説あり |
| 壱岐 | いき | 長崎県壱岐市 | 島を表す古い地名から |
| 対馬 | つしま | 長崎県対馬市 | 「津島(港の島)」の説。国境の島 |
九州には、もとの大国が前後に分かれた名前が3組も並びます。筑紫国から筑前・筑後、豊国から豊前・豊後、火の国から肥前・肥後です。おもしろいのは肥前と肥後で、間に筑後・筑前がはさまっているため、同じ「肥」の国なのに地続きになっていません。日向(ひゅうが)は「日に向かう国」、すなわち天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫が地上に降りたとされる天孫降臨の地に由来する、神話色の濃い名前です。
上・下・前・中・後で分かれた国名の法則
旧国名を見ていると、「前・中・後」「上・下」がついた国が目につきます。これらには明確な命名ルールがあり、基準は都(京)からの距離です。原則として、都に近い方が「前」「上」、遠い方が「後」「下」になります。
- 越前・越中・越後……「越(こし)国」を、都に近い順に前・中・後で3分割。
- 備前・備中・備後……「吉備国」を、同じく近い順に前・中・後で3分割。
- 筑前・筑後/豊前・豊後/肥前・肥後……九州の3つの大国を、近い方が前・遠い方が後で2分割。
「近江・遠江」も同じ発想で、琵琶湖が「近い淡海」、浜名湖が「遠い淡海」でした。距離の感覚が、そのまま国の名前になっているのです。
上総・下総だけ逆に見えるのはなぜ?
ところが、関東の上総(かずさ)・下総(しもうさ)は、地図で見ると都から遠いはずの上総が「上」になっていて、一見ルールと逆に見えます。
これは、古代の東海道のルートが関係しています。当時の主要ルートは、相模国から東京湾を船で渡り、先に上総へ上陸してから、その奥の下総へ進むものでした。つまり都から実際にたどり着く順番では、上総のほうが「先(近い)」だったのです。陸路の感覚ではなく、当時の海路を知ると、ちゃんとルール通りだったとわかります。
今も残る旧国名!駅名・名産・名字に生きる古い国の名前

令制国は廃止されましたが、旧国名そのものは消えていません。むしろ、私たちの身の回りにあふれています。
駅名・地名に残る旧国名
同じ地名が全国にあると区別がつかないため、旧国名を頭につけて区別する駅や地名がたくさんあります。武蔵小杉・武蔵小金井(武蔵)、上総一ノ宮(上総)、越後湯沢(越後)、安芸中野(安芸)、肥前山口(肥前)、伊予西条(伊予)などは、その代表例です。
名産品・ブランド名に残る旧国名
食やものづくりのブランドにも、旧国名は強く生きています。讃岐うどん、加賀友禅、近江牛、但馬牛、土佐犬、信濃そば、薩摩芋、紀州梅。どれも旧国名がついた瞬間、産地の風格が伝わってくるから不思議です。
各地の「ご当地富士」にも
形が富士山に似た山を「ご当地富士」と呼びますが、ここにも旧国名が活躍します。薩摩富士(開聞岳)、伯耆富士(大山)、津軽富士(岩木山)などは、旧国名と組み合わせて愛されている名前です。地名の由来をたどる楽しさにハマった方は、次の記事もおすすめです。
旧国名の覚え方
68もあると一気に覚えるのは大変ですが、コツをつかめば意外と頭に入ります。やみくもに暗記せず、次の3つを意識してみてください。
- 五畿七道のグループで覚える……いきなり68を覚えず、まず「畿内・東海道・東山道……」と地方のまとまりで分ける。エリアごとに7〜15個なら覚えやすくなります。
- 今の都道府県と結びつける……「相模=神奈川」「讃岐=香川」のように、現在地とセットで覚えると、旅行や地図でも思い出しやすくなります。
- 名産品やドラマと結びつける……薩摩芋は鹿児島、近江牛は滋賀、というように、知っている名産品から逆に国名を覚えるのも効果的です。
特に「前・中・後」「上・下」のルールを先に押さえておくと、越前・越中・越後をまとめて覚えられるので効率的です。
旧国名に関するよくある質問Q&A
Q1. 旧国名と令制国はどう違うのですか?
ほぼ同じものを指します。律令制の行政区分そのものを「令制国」、その名称を明治以降の視点から呼ぶときに「旧国名」と言う、というニュアンスの違いです。日常的にはどちらも同じ意味で使われます。
Q2. 旧国名は全部でいくつありますか?
一般には68か国とされます。本州・四国・九州の66国に、島の壱岐・対馬を加えた数です。ただし時代によって分割・統合があったため、数え方によっては66や67とする場合もあります。
Q3. 北海道や沖縄は旧国名に入らないのですか?
当初の五畿七道に北海道はなく、蝦夷地(えぞち)は令制国の外でした。北海道が地方区分として加わるのは明治2年(1869年)で、ここで五畿八道になります。琉球(沖縄)も令制国には含まれていません。
Q4. 旧国名はいつまで使われていたのですか?
行政区分としては、明治4年(1871年)の廃藩置県で実質的に役割を終えました。ただし地理的な呼び名としてはその後も長く使われ、現在も駅名・名産品・名字などに残っています。
Q5. いちばん新しい旧国名はどれですか?
加賀国です。弘仁14年(823年)に越前国から分かれて成立した、最も新しい令制国です。これ以降、新しい令制国はつくられませんでした。
まとめ|古い国の名前は日本の歴史そのもの
旧国名は、律令制のもとで生まれ、約1200年にわたって使われてきた68の国の名前です。五畿七道というグループに分かれ、その一つひとつに、地形・産物・神話・都からの距離といった由来が込められていました。
「武蔵」「相模」「讃岐」「薩摩」。何気なく目にしてきた言葉の一つひとつに、1300年前からの物語が眠っています。旧国名を知っておくと、旅行先の駅名やスーパーの産地表示、歴史ドラマの舞台が、ぐっと立体的に見えてきます。

旧国名と駅名・加賀立国の話は、以下のサイトでも詳しく紹介されています。
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