元号一覧!大化から令和まで248の年号を意味・由来・読み方つきで解説【決め方・雑学も】

「令和(れいわ)」という元号にすっかり慣れたいま、ふと「元号って、これまでに全部でいくつあったんだろう?」と気になったことはありませんか。

日本の元号は、645年の「大化(たいか)」から数えて、令和でおよそ248番目。1400年近くものあいだ、ときに途切れながらも受け継がれてきた、世界でもとても珍しい制度です。

この記事では、大化から令和までの元号を時代別の早見表にまとめ、読み方・西暦・意味や由来、さらに決め方のルールや、思わず人に話したくなる雑学までまとめて解説します。

気になった元号をいつでも調べられるよう、保存版としてブックマークしておくと便利ですよ。

元号とは?年号との違いと日本だけに残るしくみ

筆で漢字を書く書道のようす

元号(げんごう)とは、特定の年につける、日本独自の年の呼び名です。「令和3年」「昭和の名曲」のように使います。

「年号(ねんごう)」と呼ばれることもありますが、両者はほぼ同じ意味です。法律上の正式名称が「元号」で、歴史の世界では「年号」と呼ぶことも多い、というくらいの違いだと考えて差し支えありません。

元号のしくみが生まれたのは、古代の中国です。紀元前140年、前漢の武帝が定めた「建元(けんげん)」が、世界で最初の元号とされています。やがてこの制度は朝鮮半島やベトナムにも広がりました。

ただし、現在も公式に元号を使い続けている国は、世界でただひとつ、日本だけです。これは元号という制度のいちばん面白い点かもしれません。

元号と西暦のちがい
西暦がキリストの誕生を起点に途切れず数え続ける「通し番号」であるのに対し、元号は天皇の代替わりなどの節目でリセットされる「日本ならではの時間の区切り方」です。

元号は全部で何個?大化から令和まで約1400年の歴史

大化から令和までで、日本の元号はおよそ248あります。「令和は248番目の元号」と紹介されることが多いのは、このためです。

ただし、正確な数え方には諸説あります。南北朝時代(1336〜1392年)には、京都の北朝と吉野の南朝がそれぞれ別の元号を使っていた時期があり、これをどう数えるかで総数が変わります。そのため、247とも248とも言われます。

また、645年の「大化」のあとはしばらく元号が定着せず、「朱鳥(しゅちょう)」が終わった686年から、「大宝(たいほう)」が定められる701年まで、約15年間は元号のない空白期間もありました。元号が途切れずに続くようになったのは、この大宝からです。

ざっくり年表
大化(645年)から令和(2019年)まで、約1374年。そのあいだに、およそ248の元号が移り変わってきました。

「数え方によって数が変わる」というあたりが、いかにも歴史らしいおおらかさで面白いですね。

元号一覧【時代別の早見表】読み方・西暦つき

ここからは、大化から令和までの元号を時代別の早見表にまとめます。読み方(ひらがな)と、その元号に切り替わった西暦(改元年)をつけました。

南北朝時代は、一般的な数え方にならって南朝を正統とした一覧に、北朝の元号を別表として添えています。気になる元号を探してみてください。

飛鳥時代の元号(6元号)

日本の元号のはじまりの時代です。「大化の改新」で知られる大化から、貨幣の名で有名な和銅まで、6つの元号がありました。

元号 読み方 改元(西暦)
大化 たいか 645年
白雉 はくち 650年
朱鳥 しゅちょう 686年
大宝 たいほう 701年
慶雲 けいうん 704年
和銅 わどう 708年

奈良時代の元号(12元号)

奈良時代は、縁起のよいしるし(祥瑞)にちなんだ元号が多いのが特徴です。「天平文化」で知られる天平など、12の元号が使われました。漢字4字の元号が並ぶのも、この時代だけです。

元号 読み方 改元(西暦)
霊亀 れいき 715年
養老 ようろう 717年
神亀 じんき 724年
天平 てんぴょう 729年
天平感宝 てんぴょうかんぽう 749年
天平勝宝 てんぴょうしょうほう 749年
天平宝字 てんぴょうほうじ 757年
天平神護 てんぴょうじんご 765年
神護景雲 じんごけいうん 767年
宝亀 ほうき 770年
天応 てんおう 781年
延暦 えんりゃく 782年

平安時代の元号(88元号)

平安時代は約390年と長く、元号の数も飛び抜けて多いのが特徴です。災害や政変のたびに短い間隔で改元されることも多く、80を超える元号が登場します。一覧で眺めると、その移り変わりの早さに驚くはずです。

元号 読み方 改元(西暦)
大同 だいどう 806年
弘仁 こうにん 810年
天長 てんちょう 824年
承和 じょうわ 834年
嘉祥 かしょう 848年
仁寿 にんじゅ 851年
斉衡 さいこう 854年
天安 てんあん 857年
貞観 じょうがん 859年
元慶 がんぎょう 877年
仁和 にんな 885年
寛平 かんぴょう 889年
昌泰 しょうたい 898年
延喜 えんぎ 901年
延長 えんちょう 923年
承平 じょうへい 931年
天慶 てんぎょう 938年
天暦 てんりゃく 947年
天徳 てんとく 957年
応和 おうわ 961年
康保 こうほう 964年
安和 あんな 968年
天禄 てんろく 970年
天延 てんえん 973年
貞元 じょうげん 976年
天元 てんげん 978年
永観 えいかん 983年
寛和 かんな 985年
永延 えいえん 987年
永祚 えいそ 989年
正暦 しょうりゃく 990年
長徳 ちょうとく 995年
長保 ちょうほう 999年
寛弘 かんこう 1004年
長和 ちょうわ 1012年
寛仁 かんにん 1017年
治安 じあん 1021年
万寿 まんじゅ 1024年
長元 ちょうげん 1028年
長暦 ちょうりゃく 1037年
長久 ちょうきゅう 1040年
寛徳 かんとく 1044年
永承 えいしょう 1046年
天喜 てんぎ 1053年
康平 こうへい 1058年
治暦 じりゃく 1065年
延久 えんきゅう 1069年
承保 じょうほう 1074年
承暦 じょうりゃく 1077年
永保 えいほう 1081年
応徳 おうとく 1084年
寛治 かんじ 1087年
嘉保 かほう 1094年
永長 えいちょう 1096年
承徳 じょうとく 1097年
康和 こうわ 1099年
長治 ちょうじ 1104年
嘉承 かしょう 1106年
天仁 てんにん 1108年
天永 てんえい 1110年
永久 えいきゅう 1113年
元永 げんえい 1118年
保安 ほうあん 1120年
天治 てんじ 1124年
大治 だいじ 1126年
天承 てんしょう 1131年
長承 ちょうしょう 1132年
保延 ほうえん 1135年
永治 えいじ 1141年
康治 こうじ 1142年
天養 てんよう 1144年
久安 きゅうあん 1145年
仁平 にんぺい 1151年
久寿 きゅうじゅ 1154年
保元 ほうげん 1156年
平治 へいじ 1159年
永暦 えいりゃく 1160年
応保 おうほう 1161年
長寛 ちょうかん 1163年
永万 えいまん 1165年
仁安 にんあん 1166年
嘉応 かおう 1169年
承安 じょうあん 1171年
安元 あんげん 1175年
治承 じしょう 1177年
養和 ようわ 1181年
寿永 じゅえい 1182年
元暦 げんりゃく 1184年

鎌倉時代の元号(48元号)

武士の世になった鎌倉時代も、災害や政変のたびに改元が重ねられ、48の元号が使われました。歴代でもっとも短い元号「暦仁(りゃくにん)」が登場するのも、この時代です。

元号 読み方 改元(西暦)
文治 ぶんじ 1185年
建久 けんきゅう 1190年
正治 しょうじ 1199年
建仁 けんにん 1201年
元久 げんきゅう 1204年
建永 けんえい 1206年
承元 じょうげん 1207年
建暦 けんりゃく 1211年
建保 けんぽう 1214年
承久 じょうきゅう 1219年
貞応 じょうおう 1222年
元仁 げんにん 1224年
嘉禄 かろく 1225年
安貞 あんてい 1228年
寛喜 かんぎ 1229年
貞永 じょうえい 1232年
天福 てんぷく 1233年
文暦 ぶんりゃく 1234年
嘉禎 かてい 1235年
暦仁 りゃくにん 1238年
延応 えんおう 1239年
仁治 にんじ 1240年
寛元 かんげん 1243年
宝治 ほうじ 1247年
建長 けんちょう 1249年
康元 こうげん 1256年
正嘉 しょうか 1257年
正元 しょうげん 1259年
文応 ぶんおう 1260年
弘長 こうちょう 1261年
文永 ぶんえい 1264年
建治 けんじ 1275年
弘安 こうあん 1278年
正応 しょうおう 1288年
永仁 えいにん 1293年
正安 しょうあん 1299年
乾元 けんげん 1302年
嘉元 かげん 1303年
徳治 とくじ 1307年
延慶 えんきょう 1308年
応長 おうちょう 1311年
正和 しょうわ 1312年
文保 ぶんぽう 1317年
元応 げんおう 1319年
元亨 げんこう 1321年
正中 しょうちゅう 1324年
嘉暦 かりゃく 1326年
元徳 げんとく 1329年

南北朝時代の元号(南朝・北朝)

2つの朝廷が並び立った南北朝時代は、南朝と北朝で別々の元号が使われました。まずは南朝(正統とされる側)の元号です。

元号 読み方 改元(西暦)
建武 けんむ 1334年
延元 えんげん 1336年
興国 こうこく 1340年
正平 しょうへい 1347年
建徳 けんとく 1370年
文中 ぶんちゅう 1372年
天授 てんじゅ 1375年
弘和 こうわ 1381年
元中 げんちゅう 1384年

こちらは、京都の北朝で使われた元号です。同じ時期に、2系統の元号が並行していたことがよく分かります。

元号 読み方 改元(西暦)
暦応 りゃくおう 1338年
康永 こうえい 1342年
貞和 じょうわ 1345年
観応 かんのう 1350年
文和 ぶんな 1352年
延文 えんぶん 1356年
康安 こうあん 1361年
貞治 じょうじ 1362年
応安 おうあん 1368年
永和 えいわ 1375年
康暦 こうりゃく 1379年
永徳 えいとく 1381年
至徳 しとく 1384年

室町・戦国時代の元号(25元号)

南北朝の合一後、室町から戦国の世にかけて使われた元号です。応仁の乱で有名な「応仁」や、戦国時代を象徴する「天文」「永禄」もここに含まれます。

元号 読み方 改元(西暦)
明徳 めいとく 1390年
応永 おうえい 1394年
正長 しょうちょう 1428年
永享 えいきょう 1429年
嘉吉 かきつ 1441年
文安 ぶんあん 1444年
宝徳 ほうとく 1449年
享徳 きょうとく 1452年
康正 こうしょう 1455年
長禄 ちょうろく 1457年
寛正 かんしょう 1461年
文正 ぶんしょう 1466年
応仁 おうにん 1467年
文明 ぶんめい 1469年
長享 ちょうきょう 1487年
延徳 えんとく 1489年
明応 めいおう 1492年
文亀 ぶんき 1501年
永正 えいしょう 1504年
大永 たいえい 1521年
享禄 きょうろく 1528年
天文 てんぶん 1532年
弘治 こうじ 1555年
永禄 えいろく 1558年
元亀 げんき 1570年

安土桃山時代の元号(3元号)

織田信長や豊臣秀吉が活躍した安土桃山時代は、天正・文禄・慶長の3つ。秀吉の朝鮮出兵は「文禄・慶長の役」の名でも知られます。

元号 読み方 改元(西暦)
天正 てんしょう 1573年
文禄 ぶんろく 1593年
慶長 けいちょう 1596年

江戸時代の元号(35元号)

松越しに見える姫路城

江戸時代は265年続き、元和(げんな)から慶応まで35の元号が使われました。「元禄文化」「享保の改革」「天保の改革」など、教科書でおなじみの元号がずらりと並びます。

元号 読み方 改元(西暦)
元和 げんな 1615年
寛永 かんえい 1624年
正保 しょうほう 1645年
慶安 けいあん 1648年
承応 じょうおう 1652年
明暦 めいれき 1655年
万治 まんじ 1658年
寛文 かんぶん 1661年
延宝 えんぽう 1673年
天和 てんな 1681年
貞享 じょうきょう 1684年
元禄 げんろく 1688年
宝永 ほうえい 1704年
正徳 しょうとく 1711年
享保 きょうほう 1716年
元文 げんぶん 1736年
寛保 かんぽう 1741年
延享 えんきょう 1744年
寛延 かんえん 1748年
宝暦 ほうれき 1751年
明和 めいわ 1764年
安永 あんえい 1772年
天明 てんめい 1781年
寛政 かんせい 1789年
享和 きょうわ 1801年
文化 ぶんか 1804年
文政 ぶんせい 1818年
天保 てんぽう 1831年
弘化 こうか 1845年
嘉永 かえい 1848年
安政 あんせい 1855年
万延 まんえん 1860年
文久 ぶんきゅう 1861年
元治 げんじ 1864年
慶応 けいおう 1865年

近代の元号(明治・大正・昭和・平成・令和)

明治からは「一世一元(いっせいいちげん)」、つまり天皇一代につき元号はひとつ、と定められました。私たちにいちばん身近な5つの元号です。

元号 読み方 改元(西暦)
明治 めいじ 1868年
大正 たいしょう 1912年
昭和 しょうわ 1926年
平成 へいせい 1989年
令和 れいわ 2019年

自分や家族の生まれた元号を一覧から探してみると、歴史がぐっと身近に感じられますよ。

由来がおもしろい元号と意味【祥瑞・漢籍・国書】

万葉集の写本(古典籍)

元号の意味や由来は、多くのまとめ記事がほとんど触れていない部分ですが、知ると一気に面白くなるところです。代表的なものを見ていきましょう。

縁起物が名前になった「祥瑞(しょうずい)」由来の元号

古代の元号には、めでたいしるし(祥瑞)が現れたことを記念して名づけられたものが数多くあります。

白雉(はくち・650年):長門国(山口県)から白いキジが献上されたことを、めでたいしるしとして改元しました。白い動物は古来、吉兆とされてきました。

和銅(わどう・708年):武蔵国秩父(埼玉県)から自然銅(精錬のいらない銅)が献上された記念です。この銅で、日本初の流通貨幣とされる「和同開珎(わどうかいちん)」が作られました。

霊亀(れいき・715年):めでたい模様を背負った亀が献上されたことにちなみます。亀も鶴と並ぶ長寿と吉兆の象徴でした。

養老(ようろう・717年):元正天皇が美濃国(岐阜県)に行幸した際、老いを養うという言い伝えのある霊泉(養老の滝)が見つかったことに由来します。

天平(てんぴょう・729年):背中に「天王貴平知百年」という文字のある亀が献上されたという瑞兆から名づけられました。奈良の大仏で知られる天平文化の時代です。

このほか、慶雲(けいうん・めでたい雲)、神亀(じんき・白い亀)、宝亀(ほうき・瑞兆の亀)など、奈良時代を中心に祥瑞由来の元号が並びます。

近代5元号の出典【漢籍と、初の国書】

明治以降の元号は、いずれも中国や日本の古典から、おめでたい言葉が選ばれています。

明治(めいじ):中国の古典『易経』の「聖人南面して天下を聴き、明(めい)に嚮(むか)いて治む」から採られました。

大正(たいしょう):同じく『易経』の「大いに亨(とお)りて以て正しきは、天の道なり」から。

昭和(しょうわ):『書経(尚書)』の「百姓昭明、協和万邦」から。国民の平和と、世界の国々の共栄への願いが込められています。

平成(へいせい):『史記』の「内平かに外成る」と、『書経』の「地平かに天成る」から。内も外も天も地も平和に、という意味です。

令和(れいわ):『万葉集』の「初春の令月にして、気淑く風和ぐ」から。それまですべて中国の古典(漢籍)から採られてきた長い歴史のなかで、令和は初めて日本の古典(国書)を出典とした元号になりました。

白いキジや珍しい亀がそのまま元号になったと知ると、古代の人のおおらかさに思わず笑顔になりますね。

元号の決め方とルール【元号法と6つの条件】

現在の元号は、思いつきで決めているわけではなく、法律ときちんとしたルールにもとづいて選ばれています。

その根拠となるのが、1979年(昭和54年)に定められた「元号法」です。わずか2項のシンプルな法律で、「元号は、政令で定める」「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」と決められています。

そのうえで、元号を選ぶときの条件として、次のような点が申し合わされています。

  • 国民の理想としてふさわしい、よい意味を持つこと
  • 漢字2字であること
  • 書きやすいこと
  • 読みやすいこと
  • これまでに元号や、おくりな(諡)などとして使われていないこと
  • 俗用されていない(広く一般に使われていない)こと

さらに実務的な配慮として、ローマ字にしたときの頭文字が、明治(M)・大正(T)・昭和(S)・平成(H)と重ならないようにした、ともいわれます。令和(R)は、この点もクリアしています。

決定の流れは、まず内閣総理大臣が数名の有識者に候補名を委嘱し、提出された案を整理。閣僚会議や全閣僚会議で協議したうえで、最終的に閣議で政令として決定します。

新元号 選びの6条件
よい意味・漢字2字・書きやすい・読みやすい・未使用・俗用なし。この6つが、新元号選びの基本ルールです。

元号が変わる「改元」の理由は4種類【代始・祥瑞・災異・革命】

朱色の鳥居が連なる神社の参道

元号が変わる「改元」には、歴史的に大きく4つの理由がありました。

1. 代始(だいはじめ)改元:天皇の即位による改元です。現在の日本は、この理由のみで改元する「一世一元」になっています。

2. 祥瑞(しょうずい)改元:白いキジや珍しい亀など、めでたいしるしが現れたことを祝う改元です。古代に多く見られました。

3. 災異(さいい)改元:地震・噴火・疫病・飢饉・戦乱など、よくない出来事の流れを断ち切るために行う改元です。平安時代に短い元号が多いのは、これが理由です。

4. 革命(かくめい)改元:古代中国の讖緯(しんい)説にもとづくもので、辛酉(しんゆう)の年は「革命」、甲子(かっし)の年は「革令」が起きやすいとされ、それを避けるために改元しました。

一世一元になったのは明治からで、それ以前は、ひとりの天皇のあいだに何度も改元されるのが普通でした。とくに鎌倉時代末の後醍醐天皇の時代は、改元がとても頻繁だったことで知られます。

知って驚く元号の雑学・トリビア

ここでは、元号にまつわる「へえ」と言いたくなる雑学を集めました。会話のネタにもぴったりです。

いちばん短い元号は「暦仁(りゃくにん)」:鎌倉時代の1238年から翌年まで、わずか約2か月半(74日)で改元されました。次に短いのは奈良時代の「天平感宝」で、約3か月です。

いちばん長い元号は「昭和」:約62年間(昭和64年まで)続きました。元号の「年数」で見ると、昭和64年が最長で、次いで明治45年、応永35年、平成31年と続きます。室町時代の応永が3位に入っているのは意外ですね。

使われた漢字は、たった72字:1400年分の元号といっても、これまでに使われてきた漢字は約70字(72字とされる)しかありません。同じ漢字が、組み合わせを変えて何度も使われてきたのです。なお令和の「令」は、元号に初めて使われた漢字でした。

最も多く使われた漢字は「永」:29回も登場しています。永正・永禄・寛永・嘉永・安永など、いわれてみれば見覚えのある元号ばかり。次いで「天」「元」「治」「応」「正」などがよく使われています。

漢字4字の元号は5つだけ:天平感宝・天平勝宝・天平宝字・天平神護・神護景雲の5つで、すべて奈良時代に集中しています。仏教を厚く信仰した聖武天皇・称徳天皇の時代でした。

幻の元号「光文(こうぶん)」:1926年、昭和への改元のとき、ある新聞が新元号を「光文」と先回りして報じましたが、実際は「昭和」でした。この誤報は「光文事件」として知られ、「光文」は幻の元号と呼ばれています。

元号を使うのは、今や日本だけ:かつては中国・朝鮮・ベトナムでも使われていましたが、現在も公的に元号を用いている国は、世界で日本だけになりました。

「永」がダントツで人気というのは、いかにも「長く続いてほしい」という願いが感じられて、すてきな話だと思いませんか。

元号の覚え方【近代の順番と西暦の変換】

元号、とくに近現代の元号は、順番と西暦の変換を覚えておくと、歴史の勉強や書類の記入でとても役立ちます。

近代の5つは「明治・大正・昭和・平成・令和」の順。それぞれの年数の上限は、明治45年・大正15年・昭和64年・平成31年が目安です。

西暦への変換は、次のように覚えると簡単です。

  • 昭和の年 + 1925 = 西暦(例:昭和50年 → 1975年)
  • 平成の年 + 1988 = 西暦(例:平成20年 → 2008年)
  • 令和の年 + 2018 = 西暦(例:令和3年 → 2021年)

歴史の年号そのものの語呂合わせは、別の記事で詳しくまとめています。あわせてどうぞ。

元号クイズに挑戦!全4問

最後に、ここまでの内容から元号クイズに挑戦してみましょう。答えはすぐ下のボックスに入れています。

第1問:日本で最初に定められた元号は何でしょう?

答え:大化(たいか)。645年、「大化の改新」とともに使われた、日本でいちばん古い元号です。

第2問:歴代でいちばん短かった元号は?

答え:暦仁(りゃくにん)。鎌倉時代の元号で、わずか約74日(2か月半)で改元されました。

第3問:令和の出典になった、日本最古の歌集は何でしょう?

答え:万葉集。「初春の令月にして、気淑く風和ぐ」という序文から「令和」が採られました。

第4問:これまでの元号に、最も多く使われた漢字は?

答え:永。29回も使われています。「長く続くように」という願いが込められた漢字です。

全問正解できた方は、もう立派な元号ツウです。家族や友だちにも出題してみてください。

まとめ|元号一覧で日本史がもっと面白くなる

大化から令和まで、日本の元号はおよそ248。1400年近くにわたって受け継がれてきた、世界でも日本だけに残る制度です。

一覧で眺めると、平安時代に元号がめまぐるしく変わったことや、奈良時代に祥瑞由来の名前が多いことなど、その時代の空気が見えてきます。

白いキジで「白雉」、自然銅で「和銅」、霊泉で「養老」。由来を知れば、無味乾燥な漢字の羅列が、ぐっと物語を帯びて感じられるはずです。

気になった元号があれば、ぜひ早見表をブックマークして、日本史を味わうおともにしてください。

次の改元はまだ先でしょうが、そのときこの記事の続きに新しい元号を書き足せる日を、楽しみにしています。

元号の決め方や法律については、内閣府の公式ページでも確認できます。