七福神(しちふくじん)といえば、宝船に乗ったおめでたい神様の一団として、お正月や商店街の縁起物でおなじみです。けれども「7柱の名前をすべて言えますか?」と聞かれると、案外あやふやな方が多いのではないでしょうか。
実はこの7柱、生まれた国がバラバラの「多国籍チーム」です。純粋な日本生まれは恵比寿ただ一柱で、ほかの6柱はインドや中国からやってきた神様たち。それが室町時代の日本でひとつの福のチームにまとめられた、というのが七福神の正体です。
この記事では、七福神の名前・読み方・ご利益・由来を一覧と個別解説の両方でわかりやすくまとめ、さらに見分け方・覚え方・並べ方の順番、宝船や七福神めぐりの豆知識までまとめて解説します。読み終わるころには、七福神の像を見ただけで「これは弁財天」「これは布袋」と当てられるようになるはずです。

目次
七福神とは?7柱の神様と「七福」の意味・由来

七福神とは、福徳(幸福と財産)をもたらす神様として信仰される7柱の総称です。恵比寿・大黒天・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋(布袋尊)の7柱を指します。
七福神という考え方がまとまったのは室町時代の末ごろとされ、京都を中心に広まりました。応永27年(1420年)には、七福神に仮装した行列が京都で行われたという記録も残っています。最初から7柱だったわけではなく、まず恵比寿・大黒天・弁財天の三神への信仰が庶民に深く根づき、そこへ毘沙門天・布袋・福禄寿・寿老人が加わって、人々のさまざまな願いに応える7柱の福の神になったと考えられています。
なぜ「7」柱なのか
神様の数が7に落ち着いた背景には、仏教の経典『仁王経(仁王般若経)』にある「七難即滅 七福即生(しちなんそくめつ しちふくそくしょう)」という言葉があるとされます。これは「7つの災難がたちまち消え、7つの福がたちまち生まれる」という意味で、ここから「福をもたらす神様は7柱」という発想が生まれたという説です。
また、酒や音楽を楽しんだ中国の文人たち「竹林の七賢(ちくりんのしちけん)」になぞらえて7柱にした、という説もあります。いずれにせよ、7という数字が古くから縁起のよい吉数とされてきたことが、土台になっているようです。
七福神は「多国籍チーム」だった
七福神の最大の特徴は、出身地がバラバラなことです。整理すると、日本生まれが恵比寿の1柱、インド(ヒンドゥー教・仏教)生まれが大黒天・毘沙門天・弁財天の3柱、中国(道教・仏教)生まれが福禄寿・寿老人・布袋の3柱となります。
つまり七福神は「日本1・インド3・中国3」という、まさに国際色ゆたかなドリームチーム。海の向こうの神様たちを、日本人が分けへだてなく福の神として迎え入れた、神仏習合の時代ならではの信仰の形なのです。
七福神の名前・ご利益一覧表【読み方・出身つき】
まずは7柱を一覧で押さえましょう。名前・読み方・出身・主なご利益・見分けるための持ち物をまとめました。それぞれの詳しい由来は、このあとの章で一柱ずつ解説します。
| 神様(読み方) | 出身 | 主なご利益 | 見分けるポイント(持ち物) |
|---|---|---|---|
| 恵比寿(えびす) | 日本 | 商売繁盛・大漁・五穀豊穣 | 釣り竿と鯛、にこやかな笑顔 |
| 大黒天(だいこくてん) | インド | 五穀豊穣・財運・縁結び | 打ち出の小槌・大きな袋・米俵 |
| 毘沙門天(びしゃもんてん) | インド | 勝負運・厄除け・福徳 | 甲冑(鎧兜)・宝塔・矛や槍 |
| 弁財天(べんざいてん) | インド | 芸事上達・学問・財運 | 琵琶を抱えた女性、七福神唯一の女神 |
| 福禄寿(ふくろくじゅ) | 中国 | 長寿・幸福・財運 | 背が低く頭が長い、杖と鶴・亀 |
| 寿老人(じゅろうじん) | 中国 | 長寿・健康 | 白い長いひげ、杖と団扇、鹿を連れる |
| 布袋(ほてい) | 中国 | 家庭円満・笑門来福 | 太鼓腹を出した僧侶、大きな布の袋 |

七福神の7柱を一柱ずつ解説【名前・ご利益・見分け方】

ここからは、七福神を一柱ずつ詳しく見ていきます。それぞれの神様がどこから来て、なぜそのご利益を持つのか、由来までわかると見え方が変わります。
恵比寿(えびす)|唯一の日本生まれ、商売繁盛の神
恵比寿は、七福神のなかで唯一の日本生まれの神様です。右手に釣り竿、左手に鯛をかかえ、にこやかにほほえむ姿でおなじみ。もともとは漁業の神でしたが、やがて商売繁盛・五穀豊穣の神として、広く信仰されるようになりました。
その正体には大きく2つの系統があります。ひとつは、イザナギ・イザナミの最初の子として生まれながら、海に流されてしまった「蛭子神(ひるこのかみ)」が、兵庫の西宮にたどり着いて恵比寿大明神として祀られたという系統。西宮神社はこの恵比寿信仰の総本社です。
もうひとつは、出雲の大国主神(おおくにぬし)の子である「事代主神(ことしろぬし)」を恵比寿とする系統です。事代主が海で釣りを楽しんでいたという神話から、恵比寿が釣り竿を持つ姿につながったとされます。大阪の今宮戎神社などはこちらの系統です。
毎年1月9日から11日の「十日戎(とおかえびす)」は、商売繁盛を願う恵比寿のお祭りです。なかでも西宮神社の「開門神事 福男選び」は有名で、午前6時の開門と同時に参拝者が約230メートル先の本殿へ走り、先着3人が「福男」に認定されます。お正月の風物詩としてニュースでもよく取り上げられます。
事代主神や大国主神など、恵比寿のルーツとなった日本神話の神々については、以下の記事で詳しく紹介しています。
大黒天(だいこくてん)|台所から生まれた福の神
大黒天は、ふくよかな笑顔で頭巾をかぶり、打ち出の小槌を手に、大きな袋を背負って米俵の上に立つ姿でおなじみです。五穀豊穣・財運・縁結びのご利益で知られます。
意外なことに、そのルーツはインドの「マハーカーラ」という戦いと破壊の神。破壊神シヴァの化身とされる、本来はおそろしい神様でした。それが仏教とともに日本へ伝わり、平安時代ごろに出雲の大国主神と結びつきます。「大黒」と「大国」がどちらも「だいこく」と読めることから、次第に同じ神として親しまれるようになったのです。
日本での大黒天信仰の出発点は、意外にも「台所」でした。比叡山延暦寺を開いた最澄が、食を守る台所の守護神として、大黒天・毘沙門天・弁財天が一体になった「三面大黒天」を祀ったのが始まりとされます。そこから「食べ物に困らない福の神」として全国に広まり、打ち出の小槌や米俵といった、豊かさの象徴を持つ今の姿になりました。

毘沙門天(びしゃもんてん)|四天王の最強武神
毘沙門天は、甲冑に身を包み、片手に宝塔、もう片方に矛や槍を持つ勇ましい武神です。七福神のなかでは異色の戦う神様で、勝負運・厄除け・福徳をもたらします。
こちらもルーツはインドで、財宝の神「クベーラ(ヴァイシュラヴァナ)」が前身です。中央アジアを経て中国に伝わるなかで武神としての性格が強まり、仏教では世界の中心・須弥山の北方を守る守護神になりました。
仏教では「四天王」の一尊として北方を守りますが、このとき呼び名は「多聞天(たもんてん)」。一方、四天王から独立して単独で祀られるときには「毘沙門天」と呼ばれます。同じ神様でも、立ち位置によって名前が変わるわけです。
武神であることから、戦国武将にも篤く信仰されました。なかでも有名なのが上杉謙信で、旗印に毘沙門天の「毘」の一字を掲げ、自らを毘沙門天の生まれ変わりと信じていたほどでした。

弁財天(べんざいてん)|七福神で唯一の女神
弁財天は、七福神のなかでただ一柱の女神です。宝冠をつけ、琵琶を抱えて奏でる優雅な姿でおなじみ。音楽や芸事の上達、学問、そして財運のご利益で知られ、芸能や受験の神様としても人気があります。
ルーツはインドの河の女神「サラスヴァティー」。聖なる川を神格化した、学問と芸術をつかさどる女神です。これが仏教に取り入れられて日本へ伝わりました。
もともとは才能の「才」を使った「弁才天」と書かれていました。これがサラスヴァティーの本来の性格に近い表記です。やがて財福をもたらす神としての信仰が強まり、財産の「財」を使う「弁財天」の表記が江戸時代ごろに広まりました。さらに日本では、蛇神である宇賀神(うがじん)や、海の女神・市杵島姫命(いちきしまひめ)とも結びつき、ご利益の幅を広げていきました。
弁財天を祀る名所として有名なのが「日本三大弁天」。滋賀・竹生島の宝厳寺、広島・厳島の大願寺、神奈川・江の島の江島神社の3か所を指します。いずれも水辺にあるのは、河の女神だった名残りといえるでしょう。
弁財天の前身であるサラスヴァティーをはじめ、インド神話の神々の世界は、以下の記事で詳しくまとめています。
福禄寿(ふくろくじゅ)|星から来た長寿の神
福禄寿は、背が低く頭が長いユニークな姿で、長い杖を持ち、鶴や亀を従えています。名前のとおり「福(幸福)」「禄(財産・地位)」「寿(長寿)」の3つをまとめてもたらす、欲ばりに頼れる神様です。
ルーツは中国の道教で、南の空に輝く「南極老人星(なんきょくろうじんせい)」の化身とされます。これは、りゅうこつ座の一等星カノープスの中国名で、めったに見えないこの星を見つけると長生きできるという信仰がありました。長く突き出た頭は、知恵と長寿の象徴とされています。
寿老人(じゅろうじん)|福禄寿と同じ星から来た双子のような神
寿老人は、白く長いひげをたくわえ、巻物をつけた杖と団扇を持ち、鹿を連れた姿で描かれます。その名のとおり、長寿と健康をつかさどる神様です。
実はこの寿老人、福禄寿とまったく同じ「南極老人星の化身」とされています。つまり由来をたどると、福禄寿と寿老人は同じ星から来た、双子のような関係なのです。この「二柱は実は同じ神様では?」という問題が、後で述べる七福神のメンバー交代劇につながっていきます。連れている鹿は、長寿の象徴とされる動物です。

布袋(ほてい)|実在した中国のお坊さん

布袋は、太鼓腹をぽっこり出し、大きな布の袋を背負って笑う、親しみやすい姿でおなじみです。家庭円満や笑門来福(笑う門には福来たる)のご利益で知られます。
七福神のなかで布袋だけは、神話の神様ではなく実在した人物がモデルです。中国の唐の末から五代のころ(10世紀初め)に、明州(現在の浙江省寧波市)にいたとされる伝説的なお坊さんで、本名を「契此(かいし)」といいます。917年に亡くなったと伝えられています。
いつも大きな袋を背負って各地を歩き、施しを求めて回ったことから「布袋」と呼ばれました。その大らかな人柄から、やがて「弥勒菩薩(みろくぼさつ)の生まれ変わり」とあがめられるようになります。中国のお寺で見かける、おなかを出して笑う「布袋様(笑い弥勒)」の像は、この契此がモデルなのです。背負った大きな袋には、人々を救う宝が詰まっているとも言われています。
七福神の覚え方と並べ方の順番
7柱もいると、なかなか名前が覚えられないものです。ここでは、無理なく覚えるためのコツと、一般的な並べ方の順番を紹介します。
出身地でグループ分けして覚える
いちばんおすすめなのが、由来でグループ分けする方法です。先ほど紹介したとおり、七福神は「日本1・インド3・中国3」に分かれます。
- 日本(1柱):恵比寿。釣り竿と鯛の、唯一の和風メンバー。
- インド(3柱):大黒天・毘沙門天・弁財天。もとはヒンドゥー教や仏教の神様。
- 中国(3柱):福禄寿・寿老人・布袋。道教の星の神と、実在のお坊さん。
このように「1・3・3」で塊にすると、ただ7つ丸暗記するよりずっとラクに思い出せます。由来とセットで覚えられるので、知識としても定着します。
頭文字の語呂で覚える
並べ方には決まった作法があるわけではありませんが、一般には次の順で並べられることが多いです。それぞれの頭文字を取って、「えびす だいこく びしゃもん べんてん ふくろくじゅ じゅろうじん ほてい」とリズムよく唱えると覚えやすくなります。
- 恵比寿(え)
- 大黒天(だい)
- 毘沙門天(び)
- 弁財天(べん)
- 福禄寿(ふく)
- 寿老人(じゅ)
- 布袋(ほ)
中心に据えられるのは、人気の高い恵比寿と大黒天です。この2柱は「恵比寿・大黒」とセットで一対の福の神として祀られることも多く、七福神の看板コンビと言える存在です。
七福神のメンバーは入れ替わっていた【吉祥天・お多福・福助】
いまでこそ7柱は固定されていますが、実はメンバーが今の顔ぶれに定まったのは江戸時代後期(享和年間、1801〜1804年ごろ)のことです。それまでは、けっこう入れ替わりがありました。
きっかけは、福禄寿と寿老人の「ダブり問題」です。前述のとおり、この2柱はどちらも南極老人星の化身とされ、由来がまったく同じでした。そこで「同じ神様が二柱いるなら、片方を別の神に入れ替えよう」という考えが生まれます。
そうして寿老人の代わりに候補に挙がったのが、美と幸福の女神「吉祥天(きっしょうてん)」でした。ほかにも、おかめの愛称で知られる「お多福」、縁起人形の「福助」、酒好きの霊獣「猩々(しょうじょう)」、魔よけの「鍾馗(しょうき)」など、時代や地域によってさまざまな神様が七福神入りしていました。

宝船と七福神|初夢を呼ぶ縁起物

七福神といえば、宝物を満載した「宝船(たからぶね)」に7柱が乗り合わせた姿が定番です。この宝船には、おめでたいいわれがあります。
江戸時代には、七福神の乗った宝船の絵を枕の下に敷いて眠ると、よい初夢が見られるという風習が広まりました。元日の夜から2日にかけて見る夢を初夢といい、縁起のよい夢を見れば一年が幸運になると信じられていたのです。
さらにこの宝船の絵には、こんな和歌が添えられることがありました。
「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」
(長き夜の 遠の睡りの 皆目醒め 波乗り船の 音の良きかな)
この歌は、上から読んでも下から読んでも同じ音になる「回文(かいぶん)」になっています。回文は終わりがなくぐるぐると続くことから、縁起がよいとされてきました。「長い夜の眠りから皆が目覚め、波に乗る船の音が心地よい」という、新年にふさわしい清々しい意味も込められています。悪い夢を見てしまったときは、この絵を川に流して厄を落とした、とも伝えられています。
七福神めぐりとは|ご利益を授かる巡礼
七福神を祀る寺社を順番に参拝してまわるのが「七福神めぐり(七福神詣で)」です。室町時代末ごろに京都で始まり、江戸時代後期に庶民の間で大流行しました。
7か所すべてを巡ると、先ほど紹介した7つの福が授かり、災いが去ると言われています。とくにお正月の松の内(一般に1月1日から7日まで)に巡るのが習わしとされ、各寺社で御朱印やご宝印を集める楽しみもあります。
京都の「都七福神まいり」、東京の「谷中七福神」「日本橋七福神」など、全国各地にコースが整備されています。多くは半日ほどで歩いて回れる距離に設定されているので、お正月の運動不足解消をかねた初詣としても人気です。なお寺社によっては年間を通して参拝・御朱印を受け付けているところもあります。
七福神に関するクイズ5問
ここまでの内容がどれくらい頭に入ったか、クイズで確認してみましょう。答えはそれぞれのすぐ下にあります。
第1問:七福神のなかで、唯一の日本生まれの神様はどれでしょう?
第2問:七福神でただ一柱の女神は誰でしょう?
第3問:もとは戦いの武神で、上杉謙信が旗印に「毘」の字を掲げて信仰したのはどの神様でしょう?
第4問:七福神のなかで、実在した中国のお坊さんがモデルになっている神様は誰でしょう?
第5問:福禄寿と寿老人は、もともと同じ何の化身とされているでしょう?

七福神のよくある質問【FAQ】
Q. 七福神で一番ご利益が強いのは誰ですか?
どの神様が一番というものではなく、それぞれ得意分野が異なります。商売なら恵比寿・大黒天、芸事や学問なら弁財天、勝負事なら毘沙門天、長寿なら福禄寿・寿老人、家庭円満なら布袋、という具合です。7柱を一緒に祀るのは、あらゆる願いをまとめて叶えてもらうためでもあります。
Q. 弁才天と弁財天はどう違うのですか?
同じ神様の表記違いです。才能をつかさどる本来の性格を表す「弁才天」が古い表記で、財福の神としての信仰が強まってから「弁財天」と書かれるようになりました。今日ではどちらの表記も使われています。
Q. 福禄寿と寿老人の見分け方は?
見た目が似ていますが、鹿を連れているのが寿老人、鶴や亀を従え頭が長く突き出ているのが福禄寿、と覚えると見分けやすいです。もともと同じ星の神とされるため、混同されやすいのも無理はありません。
Q. 七福神めぐりはいつ行けばよいですか?
伝統的にはお正月の松の内(1月1日から7日ごろ)に巡るのが習わしです。ただし最近は通年で参拝・御朱印を受け付けているコースも多いので、季節を問わず楽しめます。
Q. 大黒天と大国主神は同じ神様ですか?
もとは別の神様です。インド由来の大黒天と、日本の出雲神話の大国主神が、「だいこく」という読みの共通点から平安時代以降に習合(結びついて同一視)されました。今では一体の福の神として親しまれています。
まとめ|七福神は多国籍の福の神チーム
七福神は、恵比寿・大黒天・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋の7柱からなる、福徳をもたらす神様の一団です。
その正体は、日本生まれの恵比寿1柱に、インド出身の大黒天・毘沙門天・弁財天、中国出身の福禄寿・寿老人・布袋を加えた「多国籍チーム」でした。室町時代に7柱の形にまとまり、江戸時代に今の顔ぶれが定着しています。
もとは破壊神だった大黒天、武神の毘沙門天、実在のお坊さんだった布袋など、一柱ずつ由来をたどると、それぞれに豊かな物語があります。見分け方や覚え方のコツもつかめたのではないでしょうか。
お正月や旅先で七福神の像に出会ったら、ぜひ持ち物に注目してみてください。釣り竿なら恵比寿、琵琶なら弁財天、と当てられるようになると、神社仏閣めぐりが何倍も楽しくなります。宝船の絵を枕の下に敷いて、良い初夢を願ってみるのもおすすめです。
各神様についてさらに詳しく知りたい方は、以下の公式サイト・公的データベースもあわせてご覧ください。

