ギリシャ神話や北欧神話と並ぶヨーロッパ神話の三大巨頭のひとつ、それがケルト神話です。アイルランドやスコットランド、ウェールズ、ブルターニュ半島など、かつてケルト人が暮らした地域に伝わる神々・英雄・妖精たちの物語は、いまもアーサー王伝説やファンタジー作品の源流として息づいています。
この記事では、ケルト神話の世界を「トゥアハ・デ・ダナーンの神々」「英雄と戦士たち」「妖精と怪物」「聖地と象徴」の4章構成で、全25柱をそれぞれ丁寧に紹介していきます。ダグザの大釜、ルーの槍、モリガンのカラス、クー・フーリンの武勲、そしてバンシーやレプラコーンといった妖精まで、画像とともに徹底的に見ていきましょう。
ケルト神話は体系がゆるやかで、地域や時代によって神様の名前や役割が微妙に変わります。「○○神族しか勝たん」というガチガチのヒエラルキーではなく、「この土地ではこう呼ばれてる」「この物語ではこう活躍する」という柔らかさが魅力。ゆったりと読み進めてみてください。

2章:英雄・戦士・詩人
3章:妖精・怪物
4章:聖地・シンボル・重要アイテム
Q&A/まとめ
目次
ケルト神話とは?トゥアハ・デ・ダナーンの基本と世界観

画像はガンデストルップの大釜(紀元前2〜1世紀ごろ、デンマーク出土の銀製祭祀器)の一場面。中央にあぐらをかくのは、鹿の角を持ったケルヌンノス。ケルト神話の原初的な神格と考えられ、森と獣の主として崇められていました。
ケルト神話は、紀元前1000年ごろから中世にかけて、ヨーロッパ西部に広がったケルト語族の人々のあいだで伝承されてきた神話群の総称です。中心となるのはアイルランドに伝わる物語で、主要神族はトゥアハ・デ・ダナーン(女神ダヌの民)と呼ばれます。
ケルト神話の大きな特徴は3つあります。1つ目は、文字による聖典が長く存在せず、ドルイドと呼ばれる神官たちが口伝で語り継いできたこと。2つ目は、キリスト教化後の中世修道士たちが記録した写本(レオンスター写本・Book of Leinsterなど)を通じて現代に残っていること。3つ目は、神々・英雄・妖精・人間の境界が非常にあいまいで、トゥアハ・デ・ダナーン自身も敗北後に地下や妖精塚(シー)に姿を変えて住むようになる、というユニークな世界観です。
イギリスのアーサー王伝説やJ.R.R.トールキンの中つ国(『指輪物語』)は、このケルト神話から膨大な影響を受けています。妖精郷、予言の剣、禁忌を破ると悪運が降りかかる「ゲッシュ」など、ファンタジーの基本アイテムはだいたいケルト由来といっても大げさではありません。
1. ケサール族(最初の上陸者・大洪水で絶滅)
2. パーソラン族(疫病で滅亡)
3. ネメド族(フォモール族との戦いで離散)
4. フィル・ヴォルグ族(ギリシャ奴隷が帰還)
5. トゥアハ・デ・ダナーン(女神ダヌの民)→ 最後に人間族ミレー族に敗れ、妖精塚に隠棲
1章:ケルト神話の主要な神々・トゥアハ・デ・ダナーン9柱

画像はスコットランドの画家ジョン・ダンカンが1911年に描いた『トゥアハ・デ・ダナーンの騎行(The Riders of the Sidhe)』。人間ミレー族に敗れ、地上から妖精郷へ旅立つ神々を描いた、ケルティック・リバイバル期の傑作です。
まずはケルト神話の神々の中心、トゥアハ・デ・ダナーンの主要9柱を紹介します。ギリシャ神話の十二神のように明確な順位はなく、それぞれが特定の領域を司る形で共存しています。
1. ダグザ(The Dagda)― トゥアハ・デ・ダナーンの族長神
ダグザは「善き神」「善き手」を意味し、トゥアハ・デ・ダナーンの最高指導者にして豊穣・生命・魔術を司る父神です。槍でもあり棍棒でもある巨大な武器「ロッホ・モル」を担ぎ、片端で敵を殺し、もう片端で死者を蘇らせるとされます。
さらに、どれだけ食べても尽きない巨大な大釜「ウンドリー」、そして季節を操る四弦のハープ「ウアスルテ」を所有する、ケルトらしい「モリモリ豊かな神様」。戦いの前にフォモール族の陣地に忍び込み、巨大なお粥を一気に平らげる豪快エピソードも有名です。

2. ルー(Lugh)― 万能の光の神
ルーは「長き腕のルー(Lugh Lámhfhada)」の異名で知られる、光・太陽・技芸の神。あらゆる技能を兼ね備える「サウヴィルデナッハ(諸芸の達人)」と呼ばれ、戦士・詩人・魔術師・医者・職人・竪琴奏者・歴史家などすべてを極めていたとされます。
フォモール族の邪王バロールの孫にあたりながら、母方のトゥアハ・デ・ダナーンに加わり、第2次モイトゥラの戦いで祖父バロールを討ち取ったのが最大の武勲。愛用の魔槍「ゲイ・アサル(Gáe Assail)」は投げると必ず命中し、自力で投げ手の元に戻ってくる逸品です。
ルーは英雄クー・フーリンの父とされ、ゲルマン諸語圏の記念祭「ルーナサ(Lughnasadh、8月1日)」の語源でもあります。毎年8月のアイルランドで催される収穫祭は、いまもルーを称える習わし。
3. モリガン(The Morrígan)― 戦・死・運命の三女神
モリガンは「大いなる女王」を意味する、戦争・死・運命の女神。三姉妹の女神として登場することが多く、バッヴ(Badb、カラス)・マッハ(Macha)・ネヴァン(Nemain)の三位一体とされることも、モリガン単独+バッヴ+マッハ+ネヴァンの四柱構成とされることもあります。
カラスに姿を変えて戦場を飛び回り、死者を告げる預言者としての役割も担います。クー・フーリンの死の直前、彼の肩にカラスとして止まった逸話が特に有名。

4. ブリギッド(Brigid)― 詩と火と鍛冶の三女神
ブリギッドはダグザの娘で、詩・医療・鍛冶の3分野を司る女神。のちにキリスト教化されてアイルランドの守護聖人「聖ブリジッド」に取り込まれ、2月1日の「インボルク祭」はいまもアイルランド全土で祝われる春の祝日になっています。
彼女のシンボル「聖ブリジッドの十字架」は、藁を編んで作る四方に伸びた十字で、アイルランドの家庭の玄関に今も飾られる魔除け。ケルト神話がキリスト教文化と融合した好例です。
5. ヌアダ(Nuada Airgetlám)― 銀の腕の王
ヌアダはトゥアハ・デ・ダナーンの初代王。フィル・ヴォルグ族との第1次モイトゥラの戦いで右腕を失い、「五体満足でない者は王にあらず」というケルト神話特有の掟により一旦退位。のちに医術神ディアン・ケヒトが作った銀製の義手を得て「銀の腕のヌアダ」として復位します。
愛剣「クラウ・ソラス(光の剣)」は抜かれた瞬間から敵は逃げられないとされる、後のアーサー王のエクスカリバーの原型とも言われる宝剣。当サイトの武器まとめ記事でも紹介しています。
6. ダヌ(Danu)― 万物の母なる女神
ダヌは「トゥアハ・デ・ダナーン(女神ダヌの民)」の名の由来となった母神。神話本文では具体的な活躍描写は少ないのですが、神族全体の原初・始祖として位置づけられます。
ドナウ川(ダニューブ川)の語源とされ、ダヌ=Danu=「流れる水」と関連づける説が有力。大地・水・豊穣を司り、ガリア地方では「ダーナ」「アナ」とも呼ばれ広域で信仰されました。
7. ゴヴニュ(Goibniu)― 神々の武器を鍛えた鍛冶神
ゴヴニュはトゥアハ・デ・ダナーンの鍛冶神で、神々が使う武器や鎧を打ち出す職人。3人の工匠神ブレスの「三位一体の職人」の一角を担い、もう2人は銅細工師クレドネ、大工ルフタ。
彼が打った武器は必ず命中し、傷を負わせればどんな体力のある敵でも倒せるとされます。さらに、彼の醸造したエール「ゴヴニュの宴会」を飲むと神々は不老不死になると伝えられ、技芸と宴会のW神様です。

8. ディアン・ケヒト(Dian Cécht)― 治癒の医術神
ディアン・ケヒトは医術と治癒を司る神。ヌアダの失われた右腕に銀の義手を作った功績で有名ですが、自身の息子ミアハがより優れた治癒技術(本物の肉の腕を再生させる術)を見せると、嫉妬のあまり息子を殺害するという闇エピソードも持つ、人間くさい神様でもあります。
彼の「治癒の泉」に戦で傷ついた神々を投げ込むと、翌朝には全員復活した、という逸話があり、現代のRPG回復魔法の元ネタ感があります。
9. オグマ(Ogma)― 雄弁と文字の神
オグマはダグザの兄弟で、雄弁・弁舌・詩歌、そしてアイルランド最古の文字体系「オガム文字」を発明したとされる神。オガム文字は今もアイルランド各地の石碑に刻まれ、現存します。
戦士としても強く、第2次モイトゥラの戦いで活躍。ギリシャ神話のヘラクレスと同一視されることもあり、ガリアでは「オグミオス」の名で戦士たちの守護神とされました。
2章:ケルト神話の英雄・戦士・詩人7名

神々に続いて、ケルト神話を彩る英雄たちを紹介します。アルスター物語群の主役クー・フーリン、フィニアン物語群の主役フィン・マックール、ウェールズ神話の詩人タリエシンなど、いずれも後世のアーサー王伝説やファンタジー作品の原型となった存在です。
10. クー・フーリン(Cú Chulainn)― アルスターの獅子
クー・フーリンはアイルランド神話最大の英雄。光の神ルーの子として生まれ、少年時代に鍛冶屋クランの番犬を素手で殺したことから「クランの犬(クー・フーリン)」の名を得ました。
戦闘狂モードになるとリアストラド(戦士の歪み)と呼ばれる変貌が起き、片目は頭蓋骨に引っ込み、もう片目は頬まで飛び出し、髪から血が噴き出し、全身が化け物のような姿に。敵味方問わず手が付けられなくなるという、ケルト神話屈指のバーサーカーです。
愛用の魔槍は「ゲイ・ボルグ(Gáe Bulg)」。足で投げると体内で無数の棘に分岐し、決して抜けない必殺の槍。7歳で戦士として立ち、17歳でアルスター王国に迫るコノート女王メーヴの軍勢を単身で食い止め、27歳で戦死するという、短くも激しい生涯を送りました。

11. フィン・マックール(Fionn mac Cumhaill)― フィアナ騎士団の団長
フィン・マックールはアイルランド神話フィニアン物語群の主人公。王直属の戦士団「フィアナ騎士団」を率い、全アイルランドを守る英雄。少年時代、知恵の魚「鮭」を焼いている際に親指を火傷し、その指を舐めた瞬間にあらゆる知恵を得た、という逸話で有名です。
以後、難局に直面すると親指を噛んで答えを得るのが彼のトレードマーク。北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェーの玄武岩柱群は、フィンがスコットランドの巨人と戦うために作った橋の跡、という伝説が残ります。
12. タリエシン(Taliesin)― ウェールズの大詩人

タリエシンはウェールズ神話の最高の詩人・予言者。ウェールズ神話では女神ケリドウェンの大釜に落ちた知恵の滴を飲んで変身能力と全知を得た、という誕生譚が語られます。
ケルト神話の詩人(バード)は単なる詩人ではなく、戦士より上位に置かれる神聖な職業。王の宮廷で系譜を暗唱し、敵を風刺詩で呪うこともできる存在で、タリエシンはその頂点。彼の詩集『タリエシンの書』は現存しており、現代ウェールズ文学の源流でもあります。
13. コンホヴァル・マク・ネサ(Conchobar mac Nessa)― アルスター王
コンホヴァル王はクー・フーリンを庇護したアルスター王国の王。母ネッサの画策で7日間だけの臨時王になる予定が、そのまま実権を握り続けた策士。王宮エヴァン・マハ(Emain Macha)に赤枝騎士団を集め、アイルランド最強の武人集団を率いていました。
彼の治世はケルト版「円卓の騎士」の時代と表現され、アイルランド文学における「アルスター物語群」の舞台そのものです。
14. デアドラ(Deirdre)― 悲しみの美女
デアドラはケルト神話屈指の悲劇のヒロイン。生まれる前に「この娘のせいでアルスターに血が流れる」と予言され、コンホヴァル王に将来の妻として育てられますが、若き戦士ノイシュと駆け落ち。
偽和平に騙されて戻ったところをノイシュと兄弟ごと殺され、自らも自殺するという悲劇。『アルスターの三つの悲しみ』の1つとされ、アイルランド文学の根幹テーマになっています。
15. スカアハ(Scáthach)― 影の女戦士
スカアハは「影」を意味するスコットランドのスカイ島の女戦士。クー・フーリンに魔槍ゲイ・ボルグの技と全ての戦技を伝授した師匠として知られます。
「影の国」と呼ばれる異界にあるドゥン・スカイス(スカアハの城)で弟子を鍛え、彼女の娘ウアハはクー・フーリンの恋人になります。女性戦士が男性英雄を鍛える、という構図はケルト神話にしか見られない独特のもの。
16. ファーガス・マク・ロイヒ(Fergus mac Róich)― 追放された元王
ファーガスは元アルスター王ですが、コンホヴァル王のネサ母子に王位を騙し取られ、以後コノート女王メーヴ側に身を寄せた老戦士。『クーリーの牛争い』ではメーヴ軍の将としてアルスターに攻め込みますが、かつての弟子クー・フーリンとの戦いで苦悩するという、シェイクスピア的な葛藤を見せる人物です。
彼の剣「カラドボルグ」は一振りで3つの丘を吹き飛ばすという、ケルトらしい豪快ブレード。アーサー王のエクスカリバーの原型の一つとする説もあります。
3章:ケルト神話の妖精・怪物5体

ケルト神話のもう一つの魅力が、人間と神の中間に位置する妖精たちの多彩さです。シー(妖精塚に住む神族末裔)を中心に、いまも英語圏のファンタジーで語られる有名妖精の原典が集まっています。
17. シー(Sídhe)― 妖精塚の住人
シー(古アイルランド語でSídhe、発音は「シー」または「シィー」)は、トゥアハ・デ・ダナーンの敗北後、地下や古墳(妖精塚=Sídhe)に隠棲した神々の末裔を指します。人間には見えず、満月の夜や霧の日に姿を現し、美しい歌と踊りで人を異界へ連れ去るとも。
アイルランドには今も「シーの道」と呼ばれる古代の通路を横切って家を建てると不幸になる、という言い伝えがあり、道路建設時に古墳や特定の岩を避けるケースが実際に今も存在します。
18. バンシー(Bean Sídhe)― 死を告げる女妖精
バンシーは古アイルランド語で「妖精の女」を意味する死の予告者。特定の名門家系(オブライエン家、オニール家など)に仕え、その家の誰かが死ぬ直前に慟哭(キーニング)を響かせます。
姿は若い女、中年女、老婆とさまざまで、緑のドレスやグレーのショールをまとい、目が真っ赤に泣き腫らされているのが共通点。夜に窓の外や川辺で彼女の歌が聞こえたら、その家に不幸が訪れる、というのがケルト圏の鉄板都市伝説です。

19. レプラコーン(Leprechaun)― 緑の小さな靴職人

レプラコーンは緑色の服を着た小人の妖精。家庭の靴を直す靴職人として有名で、歩いていると片足のブーツを修理している姿を目撃できる、とされます。
金貨の壺を虹の根元に隠しており、捕まえると3つの願いを叶えてくれる一方、目を離すと瞬間移動で逃げる抜け目なさを持ちます。St. Patrick’s Day(3月17日)のマスコットとしてアイルランド観光業の顔になっていますが、神話上はかなり狡猾で、人間を小馬鹿にするトリックスター寄り。
20. プーカ(Púca)― 変身する悪戯妖精
プーカは黒い馬、黒い犬、黒いヤギなどさまざまな動物に変身する妖精。夜の旅人に「背中に乗れ」と誘い、乗った者を一晩中振り回して崖や沼に落とすという、ケルト版トリックスターです。
ただ、機嫌がいい日には農作物を守ってくれたり、未来を予言してくれたり、という気まぐれさも。シェイクスピアの『夏の夜の夢』に登場するパックはプーカが原型で、ディズニー映画『ハリー・ポッター』のボガート系妖怪もここから派生しています。
21. バロール(Balor)― 邪眼のフォモール王
バロールはトゥアハ・デ・ダナーンの宿敵「フォモール族」の王。生まれながらに眼光だけで敵を倒せる「邪眼(evil eye)」を持ち、普段はまぶたが閉じきって9人がかりで開く必要があるという、怪獣スケールの魔眼。第2次モイトゥラの戦いでルーに邪眼を射抜かれ、その眼力で逆に自軍を壊滅させながら敗れます。
邪眼モチーフは後のソウロン(『指輪物語』)やメデューサ、さらにはJOJOや漫画の能力系キャラにも影響を与えた、モンスターデザインの始祖的な存在です。
4章:ケルト神話の聖地・シンボル・重要アイテム4選

最後に、ケルト神話の舞台となった実在する聖地と、神話を象徴するアイテムを紹介します。どれもアイルランド・ウェールズ・ブルターニュ地方に実在し、今も観光・巡礼のスポットとして人気です。
22. ニューグレンジ(Newgrange)― 冬至に光が射す巨大古墳
ニューグレンジはアイルランド東部ミーズ県にある紀元前3200年頃の通路式墓。エジプトのピラミッドやイギリスのストーンヘンジより古く、世界遺産「ボイン渓谷の遺跡群」の中核をなす巨大遺跡です。
最大の特徴は、冬至の前後数日間、朝日が入口上部の「ルーフボックス」から差し込み、19メートル奥の中央室を数分間だけ照らす、というオカルト級の設計精度。ケルト以前の先住民が建設したとされますが、後のケルト神話ではダグザとボアン女神の子・オェングスの居城に位置づけられ、「妖精塚(シー)」の代表格として語り継がれます。
現在は国の管理下に置かれ、事前予約で入場可能。冬至の日には抽選で選ばれたごく少数の人だけが内部の奇跡を体験できます。
23. タラの丘(Hill of Tara)― 歴代大王の戴冠の地

タラの丘はアイルランド島の中央、ミーズ県に位置する緑の丘。紀元前2500年頃から使われた聖地で、歴代のアイルランド大王(High King)の戴冠式がここで行われました。丘の頂上には、戴冠の際に真の王に触れられると歓声を上げる予言石「ファルの石(Lia Fáil)」が今も立っています。
神話では、トゥアハ・デ・ダナーンが4つの宝(ダグザの大釜・ルーの槍・ヌアダの剣・ファルの石)を持ち込んだ際、このファルの石をタラの丘に設置したとされます。現在は無料で自由に登れる丘で、アイルランド中部ドライブの定番スポットです。
24. ケルト十字と結び目文様(Celtic Cross & Knotwork)
ケルト十字は十字の交点に円輪を組み合わせた独特のデザインで、アイルランド・スコットランド各地の墓地や教会で目にする象徴的な記念碑。起源はキリスト教伝来以前の太陽崇拝ともされ、聖パトリックがキリスト教布教の際に既存の太陽崇拝シンボルと十字を融合させた、という説が有力です。
一方、「ケルト結び目文様(Celtic Knot)」は始まりも終わりもない連続模様で、永遠・輪廻・結束を象徴。ブック・オブ・ケルズ(アイルランド国宝の中世装飾写本)や、いま世界中で流行するタトゥーデザインの基礎になっています。
25. ダグザの大釜とトゥアハ・デ・ダナーンの4つの宝
トゥアハ・デ・ダナーンは、4つの神都(ファリアス、ゴリアス、フィンジアス、ムリアス)から以下の4大秘宝をアイルランドに持ち込んだとされます。
- ダグザの大釜(ウンドリー):どれだけ食べても減らない豊穣の釜。聖杯伝説(聖杯)の原型とも。
- ルーの槍(ゲイ・アサル):必ず命中する投げ槍。投げると自動で戻ってくる。
- ヌアダの剣(クラウ・ソラス):抜かれたら敵は逃げられない光の剣。エクスカリバーの原型。
- ファルの石(Lia Fáil):真の大王が触れると歓声を上げる予言の石。現存、タラの丘にあり。
これらの宝は後のアーサー王伝説における「聖杯・聖槍・エクスカリバー・運命の石」と1対1で対応しており、ケルト神話がいかにブリテン諸島のファンタジー文化に深く根を張ったかを示す典型例。当サイトの武器まとめもあわせてどうぞ。
ケルト神話に関するよくある質問(Q&A)
Q1. ケルト神話とアーサー王伝説の関係は?
アーサー王伝説は12〜15世紀にブリテン諸島で成立した中世騎士道物語で、ケルト神話から骨格を借りた「二次創作」にあたります。エクスカリバーはヌアダの光の剣、聖杯はダグザの大釜、魔術師マーリンはドルイドの末裔、妖精モルガン・ル・フェイはモリガン、といった具合に、ほぼ全キャラ・アイテムにケルト原型が存在します。
Q2. ケルト神話とウェールズ神話・アイルランド神話の違いは?
ケルト神話は大きく2系統に分かれます。アイルランド神話は『侵入の書』『クーリーの牛争い』などの散文が中心で、ダグザ・ルー・クー・フーリンなどが主役。ウェールズ神話は『マビノギオン』という散文集が中心で、プリデリ、リアンノン、タリエシン、プウィルなどが登場します。両者は同じケルト語族の神話ですが、登場神は別グループ。アーサー王伝説はウェールズ神話寄りです。
Q3. ドルイドって実在したの?
はい、実在しました。ドルイドは古代ケルト社会の聖職者・学者・裁判官を兼ねる超エリート階級で、ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』にも詳細な記述があります。20年以上の修行を経て、膨大な詩と歴史と法律をすべて暗記し、口伝で受け継ぎました。ローマの支配とキリスト教化で組織としては消滅しましたが、19世紀以降のドルイド復興運動(ネオドルイディズム)で現代にも団体が存在します。
Q4. ケルト神話を読むなら何から始めればいい?
日本語では、井村君江『ケルト妖精学』、中央公論新社『世界神話事典』、創元ライブラリー『ケルト神話物語』などが入門に最適。原典系だと、アイルランドの「ケルズの書(Book of Kells)」は中世修道士がケルト文化をキリスト教に融合させた美麗装飾写本で、ダブリンのトリニティ・カレッジ図書館で常時公開されています。ファンタジー小説ならC.S.ルイス『ナルニア国物語』、J.R.R.トールキン『指輪物語』、そして現代では奈須きのこ『Fate』シリーズがケルト神話キャラを大量に登場させていて、サブカル入口として強力です。
Q5. ケルト神話の特徴的なテーマは?
3大テーマは「3という数字の重視」「他界との往来」「ゲッシュ(禁忌)」。ケルト神話では女神は三位一体で登場することが多く(モリガンの3姉妹、ブリギッドの3側面)、現世と異界(ティル・ナ・ノーグ=常若の国)の間を人間も神も行き来します。そして英雄には生まれつきゲッシュと呼ばれる個人的なタブーが課され、それを破ると必ず死ぬ、というギリシャ神話の予言制度に似た運命論が物語を駆動します。
まとめ:ケルト神話は現代ファンタジーの源流
以上、ケルト神話の神々・英雄・妖精25柱を一気に紹介してきました。
トゥアハ・デ・ダナーンの族長ダグザ、光の神ルー、戦の三女神モリガンという主要神から始まり、悲劇の英雄クー・フーリンや老獪なフィン・マックール、そしてバンシー・レプラコーン・プーカといった妖精たちまで、ケルト神話は実にカラフルで人間くさい神話体系です。
現代のファンタジー作品、たとえば『指輪物語』『ハリー・ポッター』『Fate』シリーズ、さらには任天堂ゼルダの伝説やさまざまなJRPGに至るまで、エルフ・ドワーフ・予言剣・妖精塚・隠された異界・運命の石といったモチーフは、ほぼ例外なくケルト神話が源流になっています。
ケルト神話は「体系がゆるい」からこそ、後世のクリエイターが自由に再解釈して新しい物語を紡ぎ続けられた、稀有な神話群。この記事をきっかけに、ダブリンのケルズの書を見に行くも良し、ニューグレンジやジャイアンツ・コーズウェーをアイルランド旅行の目的地にするも良し、井村君江さんの入門書から深い沼に沈んでいくも良しです。

当サイトでは他の世界神話もシリーズで取り上げています。次は北欧神話やギリシャ神話、アジアに目を向けてインド神話や中国神話などと読み比べてみると、世界神話の共通点と違いがくっきり見えてきて、さらに面白くなります。

