中国神話の神々32柱!盤古・女媧・孫悟空・玉皇大帝から封神演義・八仙まで画像付きで徹底解説

中国神話は、古代の伝説上の帝王・道教の神仙・仏教由来の守護神・『西遊記』や『封神演義』といった神怪小説の登場人物が複雑に絡み合う、壮大な神々の体系です。ギリシャ神話のような「統一された物語」は存在せず、民間信仰・道教・仏教・歴史物語・民俗芸能が層を成して形作られてきました。

本記事では、そんな中国神話を代表する神々を32柱厳選し、「創世神・三皇」「道教の最高神」「西遊記の英雄」「封神演義の仙人」「八仙の代表」「武神・守護神・冥界」「英雄・自然神・瑞獣」の7カテゴリに分類。各神の役割・特徴・逸話を画像付きで徹底解説します。

中国神話の八仙の白磁像 徳化焼

中国神話って、孫悟空や玉皇大帝の名前はよく聞くけど、実は神様が膨大すぎて何が何だかよく分からない…という方も多いのではないでしょうか。この記事では系統的に整理したので、一気に全体像が見えるはずです。
この記事のポイント
・中国神話の代表的神々32柱を7カテゴリに分類
・盤古・女媧ら創世神から八仙・関羽など民間信仰の守護神までカバー
・各神に中国古典絵画・寺院神像の画像を1枚ずつ掲載
・『西遊記』『封神演義』の主要登場人物も網羅

1. 創世神・三皇(5柱)

中国神話の根底には「盤古が混沌を開いて天地を分けた」という宇宙創造神話、「女媧と伏羲が人類を創造した」という始祖神話があります。そして医薬・農業・文字・冶金などの文明の発明者として、三皇五帝と呼ばれる伝説の聖王が続きます。まずは中国文明の原初を形作った5柱の創世神・始祖神を紹介します。

1. 盤古(ばんこ)

盤古が斧で混沌を開く古典木版画

盤古(Pángǔ)は中国神話で最初に生まれた巨神で、天地を分けた創造神です。宇宙がまだ鶏卵状の混沌だった時代、その中で1万8千年眠っていた盤古は、ある日目覚めて斧を振るい、軽く澄んだ気(陽)を天に、重く濁った気(陰)を地に分離させたとされます。

盤古はその後、1日に1丈ずつ成長し続け、天地もそれに合わせて広がりました。やがて寿命を迎えた盤古が倒れると、左目は太陽に、右目は月に、吐息は風雲に、声は雷鳴に、血液は河川に、毛髪は草木にと、身体のすべてが自然万物へと変化したといいます。三国時代の呉の徐整が著した『三五歴紀』に記されたのが最古の典拠で、まさに「世界そのものが神の身体」という中国独特の宇宙観を象徴する神格です。

2. 女媧(じょか)

女媧と伏羲の蛇身人首図 唐代絵画

女媧(Nǚwā)は伏羲と並ぶ中国神話の始祖女神で、蛇身人首の姿で描かれる人類創造の母です。神話では、天地は盤古によって創造されたものの、地上にはまだ人間がいなかったため、女媧が黄土を水でこねて人形を作り、命を吹き込んで人類を誕生させたとされます。

また、共工と祝融の戦いで天の柱が折れて世界が崩壊しかけた際、女媧は五色の石を溶かして天を修復し、巨大な亀の足で四極を支えたという「女媧補天」の伝説も有名です。兄にして夫でもある伏羲と蛇体を絡め合わせた姿で描かれることが多く、これは中国古来の陰陽思想と生命の循環を象徴しています。トルファンのアスタナ墓から出土した唐代の絹絵では、女媧がコンパス、伏羲が定規を手に持ち、丸い天と四角い地という中国の宇宙観を示しています。

3. 伏羲(ふくぎ)

馬麟筆 伏羲と亀 宋代絹絵

伏羲(Fúxī)は三皇の筆頭に数えられる中国文明の始祖で、女媧の兄にして夫です。蛇身人首の姿で描かれることが多く、人類に狩猟・漁労・家畜の飼育を教えた文化英雄として知られます。最大の功績は、黄河から現れた龍馬の背中の模様を見て「八卦」を考案したことで、これが後の『易経』の原型となり、中国思想の根幹を形づくりました。

また、伏羲は文字のない時代に縄の結び目で数や事柄を記録する「結縄」を教え、琴・瑟などの楽器を作り、婚姻制度を定めたとも伝えられます。南宋の画家・馬麟による「伏羲像」は、虎皮を身にまとい亀と向き合う伏羲の姿を描いた名作で、台北の国立故宮博物院に所蔵されています。

4. 神農(しんのう)

炎帝神農氏 中国木版画

神農(Shénnóng)は「炎帝」とも呼ばれる三皇の一柱で、農業と医薬の神として信仰されています。人類が狩猟中心の生活から農耕社会へと移行するきっかけを作った文化英雄で、木を削って鋤を作り、地を耕して五穀を植える方法を人々に教えたとされます。

医薬の神としても名高く、伝説では神農は自らの身体で百草を味見し、その毒性と薬効を確かめて薬草学の基礎を築いたといいます。「神農一日而遇七十毒」(神農は1日に70種もの毒に当たった)という逸話は有名で、中国最古の薬物書『神農本草経』は神農の名を冠しています。牛の頭と人の身体を持つ姿で描かれることもあり、半神半獣の原始的な神格を色濃く残しています。

5. 黄帝(こうてい)

黄帝 中国古典肖像画 冕冠

黄帝(Huángdì)は五帝の筆頭で、中華民族の共通の始祖と位置づけられる伝説の帝王です。姓は公孫、名は軒轅といい、土徳の瑞に応じて「黄帝」と号したとされます。蚩尤との涿鹿の戦いで勝利し中原を統一した軍事的英雄であると同時に、文化・医療・技術の創始者でもあります。

伝説によれば、黄帝の時代に妻の嫘祖が養蚕と絹織物を発明し、臣下の倉頡が漢字を、岐伯が医学を、伶倫が音階を定めたとされます。また中国最古の医学書『黄帝内経』は、黄帝と岐伯が医学について問答する形式で書かれており、東洋医学の原典として2000年以上読み継がれてきました。中国人が自らを「炎黄子孫」と呼ぶのは、炎帝(神農)と黄帝を共通の祖先と仰ぐ歴史観の表れです。

2. 道教の最高神・天仙(4柱)

道教は後漢時代に成立した中国固有の宗教で、老子を始祖とし、不老不死と「道」との一体化を追求します。道教の神界は厳格な階層構造を持ち、最高位には「三清」と呼ばれる三柱の天尊、そしてその下に玉皇大帝、さらに西王母・東王父といった天仙が位置します。ここでは道教神界を代表する4柱を紹介します。

6. 玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)

玉皇大帝の古典肖像画 冕冠と玉座

玉皇大帝(Yùhuáng Dàdì)は道教の神界・天庭を統べる最高神で、民間信仰では「天公」「老天爺」と親しまれる天の主宰者です。地上の人間界と同じく神界にも官僚制があるとされ、玉皇大帝はその皇帝として、神々・仙人・鬼神を統括し、人間の善悪を記録して賞罰を下します。

その姿は冕冠(べんかん)をかぶり玉笏を手にした皇帝の正装で描かれ、9800万年の修行を経て至高の地位に上り詰めたとされます。『西遊記』では孫悟空が暴れ回った「大鬧天宮」の舞台となるのが玉皇大帝の天庭で、玉皇は最終的に如来仏に助けを求めて悟空を鎮めさせます。誕生日とされる旧暦1月9日には「拝天公」と呼ばれる盛大な祭礼が台湾・福建・シンガポールなどで行われます。

7. 元始天尊(げんしてんそん)

元始天尊 道教神像画

元始天尊(Yuánshǐ Tiānzūn)は道教の最高三神「三清」の筆頭で、宇宙の始まりそのものを神格化した存在です。天地開闢以前の混沌の時代から存在し、「道」の根源を体現する神として、道教神界の頂点に君臨します。別名「玉清元始天尊」「虚皇大道君」とも呼ばれ、玉清境という天界の最高位に住まうとされます。

『封神演義』では姜子牙の師として登場し、闡教(せんきょう)の総帥として殷を滅ぼし周を建てる戦略を授けます。手には「三宝玉如意」と呼ばれる法器を持ち、頭上には「混元一気」の光輪を宿す姿で描かれます。三清のうち、霊宝天尊(上清)・道徳天尊(太清)と並び、道教徒が日常的に礼拝する至高の神格です。

8. 太上老君(たいじょうろうくん)

太上老君 道徳天尊 明代絹絵

太上老君(Tàishàng Lǎojūn)は三清の第三「太清道徳天尊」の別名で、春秋時代の思想家・老子(李耳)が神格化された存在です。『道徳経』を著し「無為自然」「上善若水」といった東洋思想の根幹を示した賢人が、道教の成立後には宇宙創造にも関わる神として祀られるようになりました。

道教では太上老君が81化身となって各時代に姿を現し、人々に「道」を説いたとされます。『西遊記』では天庭の錬丹師として登場し、孫悟空を「八卦炉」に閉じ込めて焼き尽くそうとするも逆に悟空の「火眼金睛」を生み出す結果となりました。牛に乗って函谷関を越え、関尹に『道徳経』を授けて西方へ去ったという「老子出関」の伝説は、東アジア美術の定番モチーフとなっています。

9. 西王母(せいおうぼ)

西王母 明代絵画 桃園と女仙

西王母(Xīwángmǔ)は西方の崑崙山に住まう女仙の長で、不老不死の象徴である「蟠桃」を司る女神です。『山海経』では豹の尾と虎の歯を持つ異形の姿で描かれますが、漢代以降は華麗な宮殿と侍女を従える美しい女王として信仰されるようになりました。

有名な伝説は「蟠桃会」で、3000年に一度実る不死の桃を収穫した際、西王母が崑崙山で神仙たちを集めて宴を催します。『西遊記』では孫悟空がこの蟠桃園の番人に任命されたものの、こっそり桃を食べ尽くし蟠桃会を荒らす場面が有名です。また前漢の武帝が西王母から不老不死の桃を授かったという伝説も中国文学の重要なモチーフで、道教の女神信仰の中核として東アジア全域で崇敬されています。

3. 西遊記の英雄(4柱)

明代の呉承恩が著した『西遊記』は、唐代の実在の高僧・玄奘三蔵が天竺(インド)へ経典を取りに行く旅を題材にした神怪小説です。三蔵の従者として孫悟空・猪八戒・沙悟浄という三人の妖怪出身の弟子が加わり、81の苦難(八十一難)を乗り越える冒険を描きます。『西遊記』は中国四大奇書の一つで、東アジア全域に絶大な影響を与えました。

10. 孫悟空(そんごくう)

孫悟空 釈迦如来に降伏 西遊記古典挿絵

孫悟空(Sūn Wùkōng)は中国神話最大のスーパースターで、花果山水簾洞の石から生まれた神猿です。菩提祖師のもとで72変化の神通力と觔斗雲(きんとうん)を修得し、龍王から如意金箍棒を奪い、閻魔の生死簿から自分の名を消すなど、天地を震撼させる大暴れを繰り広げます。

自ら「斉天大聖」と名乗り天庭に反旗を翻した「大鬧天宮」の末、釈迦如来の掌に押さえつけられて五行山の下に500年間封印されます。その後、玄奘三蔵の弟子として西天取経の旅に出発し、81難を乗り越えて功徳を積み、最終的に「闘戦勝仏」の位を授かりました。日本では『ドラゴンボール』の悟空のモデルとなり、中国では国民的ヒーローとして映画・アニメ・オペラで無数に再解釈され続けています。

11. 猪八戒(ちょはっかい)

猪八戒 西遊記原旨図像 明代挿絵

猪八戒(Zhū Bājiè)は『西遊記』の二番弟子で、猪の頭に人間の体を持つ妖怪です。本来は天庭の「天蓬元帥」という水軍の司令官でしたが、蟠桃会で酔って嫦娥(月の女神)に言い寄った罪で下界に落とされ、豚の胎児に転生したために猪の姿になってしまいました。

武器は「九歯釘耙(くしていは)」と呼ばれる9本の歯を持つ熊手で、元帥時代の天河での戦闘術を駆使します。性格は食い意地が張って怠け者、女性好きで愚痴っぽいというコミカルな造形ですが、重要な場面では意外な勇気を発揮し、三蔵一行の人間味を担当します。取経完成後は「浄壇使者」に封じられ、各寺院の供物を食べ尽くす役目を得るという、彼らしい結末を迎えました。

12. 沙悟浄(さごじょう)

沙悟浄 頤和園長廊壁画 西遊記

沙悟浄(Shā Wùjìng)は『西遊記』の三番弟子で、流沙河(りゅうさが)に住んでいた妖怪です。本来は天庭の「捲簾大将」という玉皇大帝の輿を管理する侍従でしたが、蟠桃会で玻璃の盃を割ったことで下界に落とされ、流沙河で通行人を食べる妖怪となっていました。

観音菩薩に諭されて三蔵一行に加わり、首から9個の髑髏を連ねた首飾り(かつて食べた9人の取経僧の頭骨)を外して浮かべ、三蔵一行を河の向こう岸へと渡します。武器は「降妖宝杖」と呼ばれる宝杖で、地味ながら忠実に荷物運びと馬の世話を担当。孫悟空と猪八戒の仲裁役として旅を支えました。取経完成後は「金身羅漢」に封じられます。日本では河童の姿で描かれることが多いですが、これは明治以降の翻案で、原典では毛深い妖怪として描かれています。

13. 玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)

玄奘三蔵 経典を背負う巡礼僧 古典絹絵

玄奘三蔵(Xuánzàng Sānzàng)は唐代に実在した高僧(602-664)で、『西遊記』の主人公です。若くして仏教に帰依した玄奘は、当時の漢訳経典の不備を憂い、貞観3年(629年)に密かに国禁を犯して唐を出奔、シルクロードを経由して天竺(インド)のナーランダ僧院で17年間学びました。

帰国後は657部もの経典を長安に持ち帰り、20年近くかけて漢訳を完成。法相宗の開祖となり、旅行記『大唐西域記』も著しました。この実在の冒険譚が後世に脚色され、猿・豚・河童の妖怪と共に天竺を目指す『西遊記』の物語へと発展していきます。物語中の三蔵は優しく信心深い反面、妖怪の正体を見抜けず孫悟空を叱る場面も多く、弟子たちとのコントラストが物語に深みを与えています。

4. 封神演義の仙人(4柱)

『封神演義』は明代後期の許仲琳が編纂した神怪小説で、殷周革命を題材に、闡教(せんきょう)と截教(せつきょう)という二つの神仙教団の戦いを描く壮大な物語です。元始天尊率いる闡教が姜子牙を軍師とし、通天教主率いる截教と死闘を繰り広げ、戦死した神仙たちは「封神榜」に登録されて新たな神々となります。ここでは封神演義を代表する4柱を紹介します。

14. 哪吒(なた)

哪吒三太子 寺院壁彫刻 槍を持つ姿

哪吒(Nézhā)は陳塘関総兵・李靖の三男として生まれた少年神で、通称「三太子」。母の胎内に3年6ヶ月いた後に肉団として生まれ、斬り裂くと中から剣を手にした男児が飛び出したという異形の誕生譚を持ちます。わずか7歳で東海龍王の三太子(敖丙)を殺害してしまい、責任を取って自分の肉と骨を両親に返すために自害しました。

その後、師の太乙真人が蓮根を使って新たな肉体を作り哪吒を復活させ、火尖槍・混天綾・乾坤圏・風火輪などの法宝を授けます。『封神演義』では闡教の重要な戦士として活躍し、八本腕三面の姿で多数の截教の仙人を討ち取ります。中国・台湾・東南アジアでは子供の守護神として絶大な信仰を集め、2019年の中国映画『哪吒之魔童降世』は中国映画史上最高興行収入を記録しました。

15. 楊戩(ようせん/二郎真君)

灌口二郎神 新刻出像増補捜神記 古典挿絵

楊戩(Yáng Jiàn)は「二郎真君」「二郎神」とも呼ばれる武神で、額に第三の目を持つ独特の姿で描かれます。玉皇大帝の妹・雲華仙子と揚天佑の間に生まれた半人半神で、母を桃山に閉じ込めた大伯父を討つため、斧で山を割って母を救出した「劈山救母(へきざんきゅうぼ)」の伝説で知られます。

『西遊記』では天界側の将軍として登場し、大暴れする孫悟空と互角に渡り合える唯一の神として描かれます。72変化を持ち、愛犬「哮天犬」を連れて戦う姿が定番です。『封神演義』でも闡教側の猛将として活躍。四川省灌県の二郎廟(灌口二郎神廟)が総本社で、治水の神としても信仰されています。英雄的でクールな造形は現代中国のゲームやアニメでも人気の高いキャラクターです。

16. 姜子牙(きょうしが/太公望)

姜子牙 歴代聖賢半身像冊 清代肖像

姜子牙(Jiāng Zǐyá)は『封神演義』の主人公で、別名「太公望」「呂尚」として知られる実在の周建国の功臣です。72歳までは貧しい隠者として過ごし、渭水のほとりで糸を垂らさず真っ直ぐな針で釣りをしていたところ、狩りに来た周の文王と出会い「吾が太公が望んだ人物だ」と迎えられて軍師になったという「太公望」の由来譚が有名です。

『封神演義』では元始天尊の弟子として闡教側の総大将を務め、殷の紂王を滅ぼして周王朝を建てる革命を成し遂げます。戦死した神仙たちを封神榜に登録して365柱の神々として祀り上げる役目を担い、最終的に自分自身は神にならず人間として斉国の始祖となります。後世の軍事書『六韜』は姜子牙の著作とされ、兵法家の祖としても仰がれました。

17. 太乙真人(たいいつしんじん)

太乙真人 新刻出像増補捜神記 古典挿絵

太乙真人(Tàiyǐ Zhēnrén)は元始天尊の十二大弟子(十二金仙)の一人で、乾元山金光洞に住まう仙人です。『封神演義』で最も重要な役割は、哪吒の師となってその育成と復活を担当することで、蓮根と蓮花を使って哪吒の肉体を再生させる場面は物語のハイライトです。

手には「九龍神火罩」「太極図」などの強力な法宝を持ち、闡教側の主力として截教と戦います。『西遊記』では太上老君の天界の錬丹仲間として描かれることもあり、道教神界での位階は非常に高いです。道教の「太乙救苦天尊」とも同一視されることがあり、苦しむ魂を救済する慈悲深い神格としても信仰されます。中国の民間信仰では、『封神演義』の影響で哪吒崇拝とセットで祀られることが多いです。

5. 八仙の代表(4柱)

八仙(はっせん)は道教の代表的な仙人グループで、それぞれ異なる身分・性別・年齢の8人が不老不死を得て仙人となった物語は、中国の民衆文化に深く根付いています。「八仙過海、各顕神通」(八仙が海を渡る際、それぞれ神通力を発揮する)という成句は広く知られ、宴席の縁起物として描かれます。ここではその中でも代表的な4柱を紹介します。

八仙は全員で8人いますが、ここでは最も信仰の厚い4人に絞って紹介します。八仙の面白いところは「貴人・仙人・乞食・役人・女性・老人」と出自がバラバラなこと。道教の「誰でも仙人になれる」という思想を象徴していて、中国の民衆芸能にも繰り返し登場します。

18. 呂洞賓(りょどうひん)

呂洞賓 道教仙人 古典絹絵

呂洞賓(Lǚ Dòngbīn)は八仙の実質的な筆頭で、別名「純陽祖師」「呂祖」として全真教・先天道など多くの道教教団で始祖として崇められる中心人物です。唐代の儒家・呂岩の姿で、科挙に落第して放浪中に鍾離権と出会い、「黄粱夢」という50年分の人生を一瞬で夢に見る体験を経て仙人の道を選んだとされます。

背には魔を祓う宝剣「純陽剣」を背負い、ひょうたんに不老不死の丹薬を詰めた姿で描かれます。民間では「呂祖霊籤」という易占いの霊験で名高く、香港の黄大仙祠や台湾の行天宮など多くの道観で主神として祀られています。医薬・学問・商売の守護神としても広く信仰され、現代中国でも最も参拝者の多い仙人の一人です。

19. 李鉄拐(りてっかい)

李鉄拐 清代白磁 徳化焼 鉄の杖

李鉄拐(Lǐ Tiěguǎi)は八仙の長老格で、ボロを纏った跛脚(はきゃく)の乞食姿に鉄の杖を突き、腰にはひょうたんを下げた独特の風貌で描かれます。元は容姿端麗な道士でしたが、ある日太上老君に招かれて魂を離脱して天上に赴いた際、7日間で戻らなければ身体を焼くよう弟子に命じたところ、6日目で弟子が母危篤のため先に身体を焼いてしまいました。

帰ってきた魂は仕方なく近くで死んだ乞食の身体に入ったため、跛脚で醜い姿になってしまったのです。ひょうたんから出る煙は病を治す霊薬とされ、医薬・貧者の守護神として信仰されます。外見に反して深い慈悲を持つ「隠れた賢者」の象徴として、多くの文学作品で取り上げられてきました。清代の徳化焼(白磁)による李鉄拐像は、その痩せた体躯と哀愁ある表情で世界の美術館に収蔵されています。

20. 張果老(ちょうかろう)

張果老 清代錫製人形 フィールド博物館所蔵

張果老(Zhāng Guǒlǎo)は八仙の中で最も長寿とされる仙人で、唐代の玄宗皇帝に召されたときすでに数百歳とも千年とも伝わる超高齢の道士です。実在の唐代の道士・張果がモデルで、『新唐書』にも列伝が立てられる実在性の高い人物。逆さまに白い驢馬に乗り、1日数万里を旅し、休む時は驢馬を折りたたんで紙のように懐にしまうという奇行で知られます。

手には「漁鼓」という竹製の打楽器を持ち、そこから仙界の音楽を奏でるとされます。玄宗皇帝が不老の秘術を問うと「鹿の肉を食べ続けよ」と答えたという逸話もあり、仙術の達人かつ易占の名人として人気。民間では「張果老倒騎驢」(張果老が驢馬に逆さ乗り)という絵は夫婦和合・子孫繁栄の縁起物として好まれます。

21. 漢鍾離(かんしょうり)

漢鍾離 道家人物図 明代劉俊筆

漢鍾離(Hàn Zhōnglí)または鍾離権(しょうりけん)は八仙の中で最古参級の仙人で、呂洞賓の師として知られます。伝説では漢代の将軍だった鍾離権が戦に敗れて隠遁した際、東華帝君(王玄甫)から長生不死の法と煉丹術を授かって仙人になったとされます。

胸をはだけた大柄な姿で、手には大きな扇「破芭蕉扇」を持ち、死者を蘇生させる霊力を持つとされます。道教の内丹派(気功の一派)では重要な祖師で、鍾離権が呂洞賓に仙術を授ける「鍾呂金丹派」の伝統は全真教の源流です。黄粱夢の故事で呂洞賓を仙界に導いた功績から、民間では頼もしい大兄貴的存在として親しまれています。明代の劉俊による「道家人物図」は3人の仙人を描いた名作で、国立故宮博物院などに所蔵されています。

6. 武神・守護神・冥界(5柱)

中国の民間信仰では、実在の歴史人物が死後に神格化される現象が顕著です。戦の英雄は武神に、徳の高い官僚は学問神に、海難救助の英雄は海の守護神にというように、人間が神になる道筋が豊富に用意されています。ここでは民間で絶大な信仰を集める武神・守護神・冥界の5柱を紹介します。

22. 関羽(かんう/関帝)

関帝廟 神威鎮巨額 関聖帝君神像

関羽(Guān Yǔ)は『三国志演義』でおなじみの蜀漢の名将で、死後に神格化されて「関聖帝君」「関帝」として中国で最も広く信仰される武神となりました。劉備・張飛と桃園の誓いを結び、赤兎馬に跨り青龍偃月刀を振るう勇将として知られ、その義理堅さ(信義)が神格化の中心です。

戦の神・武の神であると同時に、「義」を重んじる姿勢から商売繁盛・契約遵守の神としても信仰され、華人社会では銀行・商店・警察署にも関帝像が祀られます。伝説では魏の曹操に捕らえられても劉備への忠誠を貫き、最終的に呉軍に捕らえられて刑死した際、その首だけが洛陽に送られ身体は当陽に残されたとされます。日本でも横浜中華街の関帝廟は観光名所として知られています。

23. 鍾馗(しょうき)

鍾馗 明代絹絵 馬に乗る姿

鍾馗(Zhōng Kuí)は疫病除け・悪鬼退治の守護神で、黒い髭を蓄えた豪快な武人の姿で描かれます。伝説では唐の玄宗皇帝がマラリアに苦しんでいた夜、夢の中に小鬼が皇帝の玉を盗もうとしたところ、大鬼が現れてそれを食べてしまいました。大鬼は自らを「鍾馗」と名乗り、科挙に落第して自殺した後、玄宗皇帝のために鬼を退治しているのだと告げます。

目覚めた玄宗は画家・呉道子に命じて鍾馗の姿を絵に描かせ、以来、鍾馗の絵は正月や端午の節句に魔除けとして家の門に貼られるようになりました。日本にも伝わって「鍾馗さま」として江戸時代の五月人形に取り入れられ、京都の町家の屋根瓦の上には今も鍾馗像が小さく祀られています。中国絵画史では鍾馗図は独立した画題として発展し、明代・清代の名画が多数残っています。

24. 媽祖(まそ)

媽祖廟 天上聖母 祭壇

媽祖(Māzǔ)は海の守護女神で、「天上聖母」「天后」とも呼ばれ、福建・台湾・東南アジア華人社会で絶大な信仰を集めます。実在の人物で、北宋の960年に福建省莆田の湄洲島に生まれた林黙(りんもく、別名「林黙娘」)が原型。幼い頃から神秘的な能力を示し、遠隔地にいる兄たちの海難を察知して救助するなど、海の守護者として活躍しました。

28歳で昇天した後も霊験を現し続け、朝廷から「夫人」「妃」「天妃」「天后」と次々に神号を授与され、最終的に「天上聖母」まで昇格。現在、世界に約5000の媽祖廟があり、台湾では最大の民間信仰となっています。毎年旧暦3月の「媽祖生」(媽祖の誕生日)には台湾各地から数百万人が参加する「大甲媽祖遶境」が行われ、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。

25. 閻魔大王(えんまだいおう)

閻羅王 金朱初陛筆 12世紀絹絵

閻魔大王(Yánluó Wáng、閻羅王)は冥界・地獄の主宰者で、死者の生前の善悪を判定し、次の転生先を決める審判の神です。元はインド神話のヤマ(Yama)が仏教を通じて中国に伝わり、道教の冥界観と融合して「十王信仰」の中核となりました。

中国仏教・道教では冥界に10人の王(十殿閻王)がおり、閻羅王は第五殿を司る王として位置づけられます。死者は地獄の十の殿堂を順に巡り、それぞれの王から罪を裁かれ、業に応じた刑罰を受けた後、六道輪廻の新たな生へと送り出されます。閻魔庁には業鏡・業秤・判官(書記)・鬼卒など独特の役職構造があり、中国の役所(県衙)をそのまま冥界に投影した構造になっています。12世紀金朝の画家・金処士の描いた「十王図」は、メトロポリタン美術館所蔵の名作です。

26. 龍王(りゅうおう)

龍王見悟空賜兵器 西遊記古典挿絵

龍王(Lóng Wáng)は水を司る龍の王で、東海・南海・西海・北海の四海にそれぞれ王が存在します。東海龍王の敖広(ごうこう)が最も有名で、『西遊記』では孫悟空が水晶宮を訪れ、1万3500斤の如意金箍棒を奪い取る場面が名シーンです。

龍王は雨乞いの対象としても信仰され、干ばつのときに雨を降らせる権能を持ちます。中国の村々には「龍王廟」が点在し、農民たちが雨を祈願してきました。また、龍は中国の皇帝の象徴でもあり、皇帝の衣装には「九つの爪の龍」が刺繍され、龍と皇帝は密接な関係にあります。仏教の影響で龍王は仏法の守護神「八部衆」の一員ともされ、道教・仏教・民間信仰が混交した複雑な神格を持ちます。

7. 英雄・自然神・瑞獣(6柱)

中国神話の最後に、英雄譚・自然神・神話上の瑞獣(幸運をもたらす伝説の生き物)を6柱紹介します。月の女神・十日を射落とした英雄・雷の神、そして麒麟・鳳凰・白澤といった中国独自の幻獣は、東アジア文化圏全域に広まり日本の「麒麟児」「鳳凰堂」といった語彙の起源ともなっています。

27. 嫦娥(じょうが)

嫦娥 月の女神 明代絹絵 メトロポリタン美術館所蔵

嫦娥(Cháng’é)は月に住む美しい女神で、夫の羿が西王母から授かった不死の薬を独り占めして飲み干し、そのまま月へと飛び去ってしまったという「嫦娥奔月」の伝説で知られます。月の広寒宮に住み、玉兎(月のうさぎ)と共に仙薬を搗き続ける姿で描かれます。

中国の中秋節(旧暦8月15日)は嫦娥を祀る祭日で、月餅を食べて家族団欒を楽しむ風習はこの神話に由来します。中国が2007年に打ち上げた月探査機シリーズの名前「嫦娥1号〜6号」は、この女神から採られました。夫・羿への裏切りの後悔と永遠の孤独を背負う悲劇的なヒロインとしての側面もあり、李商隠の詩「嫦娥」では「嫦娥應悔偷靈藥」(嫦娥はきっと霊薬を盗んだことを悔いているだろう)と詠まれています。

28. 羿(げい/后羿)

后羿射日 帝鑑図説 18世紀彩色挿絵

羿(Yì、通称「后羿」)は中国神話最強の弓の名手で、嫦娥の夫です。尭(堯)の時代、天に10個の太陽が同時に現れて地上を焼き尽くそうとしたとき、帝俊から弓矢を授かった羿が9個の太陽を射落として1個だけ残し、地上を救ったという「后羿射日」の伝説で名高い英雄です。

また、地上を荒らす猰貐(あつゆ)・鑿歯(さくし)・九嬰(きゅうえい)・大風(たいふう)・封豨(ほうき)・修蛇(しゅうだ)という六害獣を次々に討ち取り、人間界を救った功績で地上に帰還。西王母から不死の薬を授かりましたが、妻の嫦娥が独り占めして月へ去ってしまい、羿は地上に取り残されたまま悲劇的な最期を迎えたと伝えられます。中国神話における古代の英雄の典型で、ギリシャ神話のヘラクレスに比較されることもあります。

29. 雷公(らいこう)

雷公電母 雷の神と稲妻の女神 古典絵画

雷公(Léi Gōng)は雷を司る神で、鳥のくちばしを持つ異形の姿で描かれます。背中には翼、両手には雷鼓と雷撃の槌を持ち、空中を駆けて雷を鳴らすとされます。妻の電母(Diànmǔ)は稲妻を操る女神で、2枚の鏡を手に持って光を放ち、雷公が叩く前に稲光を走らせるという分業体制です。

民間信仰では、雷公は「親不孝者や悪行を重ねた者を雷で罰する正義の神」として恐れられる一方、雷で地に染み込んだ水は農作物を育てるため、豊穣の神としても信仰されます。道教では「九天応元雷声普化天尊」という名の最高位の雷神がおり、雷部神将の総帥として36万人の雷公を配下に持つとされます。中国古代から明清に至るまで雷公の図像は魔除けとして広く流布しました。

30. 麒麟(きりん)

麒麟図 皇朝百科事典 動物之部 挿絵

麒麟(Qílín)は中国神話の「四霊」(麒麟・鳳凰・霊亀・応龍)の一つで、仁徳の象徴とされる最も神聖な瑞獣です。鹿に似た体に龍の頭、牛の尾、馬の蹄を持ち、一本角の場合が多く描かれます。雄が「麒」、雌が「麟」で、合わせて「麒麟」と呼ばれます。

麒麟は草を踏まず虫を害さず、聖人が世に現れる前触れとして姿を現すとされ、孔子が生まれる前後に麒麟が出現したという伝説があります。明の鄭和艦隊がアフリカから持ち帰ったキリン(動物)を「瑞獣麒麟」として永楽帝に献上した故事は、日本語でキリンが麒麟と呼ばれる由来となりました。日本では「麒麟児」という言葉で才能ある若者を指すなど、東アジア文化に深く根付いた象徴的存在です。

31. 鳳凰(ほうおう)

鳳凰 愈省筆 18世紀中国絵画

鳳凰(Fènghuáng)は「四霊」の一つで百鳥の王、再生・徳・調和の象徴とされる中国神話最高の瑞鳥です。雄が「鳳」、雌が「凰」で、孔雀に似た華麗な姿に五色の羽根を持ち、尾羽には目玉模様が付くとされます。鳴き声は五音に通じ、太平の世にのみ姿を現すと伝えられます。

中国皇室では龍が皇帝、鳳凰が皇后の象徴とされ、宮殿の装飾や皇后の冠(鳳冠)に鳳凰が多用されました。古代エジプトのフェニックスと混同されがちですが、鳳凰は灰から蘇る「再生」のイメージよりも「聖王の治世の瑞兆」の意味合いが強く、中国独自の象徴性を持ちます。日本では平等院鳳凰堂の屋根に飾られた金銅の鳳凰像が有名で、1万円札の裏面にも描かれています。

32. 白澤(はくたく)

白澤図 皇朝百科事典 動物之部 挿絵

白澤(Báizé)は全身が真っ白な瑞獣で、獅子あるいは牛のような体に人間のような顔を持ち、額と両脇にそれぞれ3つの目、合計6つの目と9つの角を持つとされる伝説の霊獣です。黄帝が東海を巡ったとき、白澤が姿を現し「天下の鬼神11520種」の名前と性質、そして祓う方法を黄帝に教えたという伝説で知られます。

この「白澤図」は黄帝から代々受け継がれた魔除けの書とされ、『白澤図』という書物は早く散逸したものの、断片が敦煌文書などから発見されています。日本にも奈良時代に伝来し、江戸時代には「白澤避怪図」という魔除け札が流行しました。博学・知恵の象徴で、『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男の原型の一つとされるなど、現代カルチャーにも影響を残しています。

まとめ:中国神話の複層構造

中国神話32柱を7カテゴリで見てきました。ギリシャ神話や北欧神話のような「一つの物語体系」ではなく、古代神話(盤古・女媧)・道教神学(三清・玉皇大帝)・民間信仰(関羽・媽祖)・神怪小説(西遊記・封神演義)という複数のレイヤーが重なって中国神話を形作っていることが見えてきたと思います。

ここで紹介した32柱は、数万柱ともいわれる中国の神々のごく一部です。実際には土地神(土地公)・竈神・城隍神・各職業の守護神など、生活のあらゆる場面に神が配置されており、それらが道教・仏教・儒教の要素を融合させながら今日まで続く民間信仰を形づくってきました。

中国神話は神様の数が膨大で、しかも『西遊記』や『封神演義』が発明した新しいキャラクターが後世に神として定着していく珍しい宗教文化です。神話を学ぶと中国文化の「多様性を取り込む力」が見えてきますね。

中国神話の神々は、一本道の物語ではなく、幾重にも重なる層を持つ大河のような存在です。この記事で紹介した32柱が、中国文化の「多神的宇宙観」を理解する入口になれば幸いです。

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参考サイト

本記事の執筆にあたり、以下の権威あるサイト・機関の資料を参考にしました。

最後まで読んでいただきありがとうございました!中国神話の膨大な世界の入口として、この記事がお役に立てれば嬉しいです。神話シリーズは引き続き拡充していきますので、関連記事のギリシャ神話・北欧神話・日本神話なども読んでみてください。