「夏も近づく八十八夜♪ 野にも山にも若葉が茂る♪」——小学校で習ったあの茶摘み歌、最後に口ずさんだのはいつ頃でしょうか。多くの方が一番のサビだけは何となく覚えていても、二番の歌詞や「茜襷(あかねだすき)」「菅(すげ)の笠」が何を指すのか、なぜ八十八夜なのかを問われると意外と答えに詰まるものです。
本記事では、文部省唱歌『茶摘』の歌詞一番・二番を一語ずつ丁寧に紐解きながら、八十八夜の科学的背景、茜染めの止血効果、京都府宇治田原町(うじたわらちょう)が「日本緑茶発祥の地」と呼ばれる理由、永谷宗円(ながたにそうえん)の青製煎茶製法、1912年(明治45年)に尋常小学唱歌へ採録されるまでの歴史までを徹底的に網羅します。
今年(2026年)の八十八夜は5月2日(土)。新茶のシーズンに合わせて、ぜひこの記事を読みながら一杯のお茶を淹れてみてください。

『茶摘』歌詞完全解説の早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式タイトル | 茶摘(ちゃつみ) |
| 初出 | 1912年(明治45年)『尋常小学唱歌 第三学年用』 |
| 作詞・作曲 | 不詳(文部省唱歌) |
| 歌詞のテーマ | 八十八夜の茶摘み風景 |
| 歌の起源説 | 京都府宇治田原町の茶摘み労働歌 |
| 八十八夜(2026年) | 5月2日(土) |
| 八十八夜の語源 | 立春から数えて88日目 |
| 茜襷の正体 | 茜(あかね)で染めた赤いたすき |
| 菅の笠の正体 | スゲ(カヤツリグサ科)で編んだ日除け笠 |
| 登場する茶業の祖 | 永谷宗円(1681-1778)青製煎茶製法を開発 |
| 主な手遊び | 「せっせっせーのよいよいよい」で対面叩き |
そもそも『茶摘』はどんな歌か

『茶摘』は、明治末期に文部省(現在の文部科学省)が編集した『尋常小学唱歌』の第三学年用に収録された日本の唱歌です。作詞者・作曲者ともに「文部省唱歌」表記となっており、個人名は伝わっていません。
初夏の茶畑で茶葉を摘む娘たちの姿を描いた、わずか2番からなるシンプルな歌でありながら、明治・大正・昭和・平成・令和と100年以上にわたって小学校の音楽教科書に掲載され続けている、日本人の集合的記憶に深く刻まれた一曲です。
『茶摘』歌詞全文(一番・二番)
| 番 | 歌詞 |
|---|---|
| 一番 | 夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る 「あれに見えるは茶摘じゃないか 茜襷に菅の笠」 |
| 二番 | 日和つづきの今日この頃を 心のどかに摘みつつ歌う 「摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ 摘まにゃ日本の茶にならぬ」 |
後半の「あれに見えるは茶摘じゃないか」「摘めよ摘め摘め」の部分は本来、男女が掛け合いで歌う構成だったとされます。今でも音楽の授業で子どもたちが二手に分かれて呼びかける形で歌うのは、この掛け合いの伝統を残したものです。
一番の歌詞を一語ずつ解説
「夏も近づく八十八夜」
八十八夜とは、立春(毎年2月3日〜4日頃)から数えて88日目の日を指す雑節(ざっせつ)の一つです。雑節とは、二十四節気以外に農事の目安として日本独自に設けられた暦日で、節分・彼岸・八十八夜・入梅・半夏生・土用などが含まれます。
2026年の八十八夜は5月2日(土)、暦の上ではちょうど立夏(5月5日)の3日前にあたります。「夏も近づく」というフレーズは、まさにこの「立夏目前」の感覚を見事に言い当てた表現です。
| 年 | 八十八夜 | 立夏 |
|---|---|---|
| 2024年 | 5月1日 | 5月5日 |
| 2025年 | 5月1日 | 5月5日 |
| 2026年 | 5月2日 | 5月5日 |
| 2027年 | 5月2日 | 5月6日 |
「野にも山にも若葉が茂る」
八十八夜の頃は、桜の花が散り、新緑が一斉に芽吹く時期です。茶葉だけでなく田畑の野菜、山の木々のすべてが鮮やかな黄緑色に染まります。「若葉が茂る」のたった6文字で、初夏の生命力あふれる景色が眼前に広がる、簡潔ながら力強い描写です。
「あれに見えるは茶摘じゃないか」
「あれ」とは、茶畑を遠くから眺めたときに見える人影のこと。一面の緑の中に、点在する赤いたすき姿の女性たちが見え隠れする情景を、第三者の視点から問いかけるように描いています。
「茜襷に菅の笠」
歌詞のなかで最も難読・難解な一節がここです。それぞれの語を分解しましょう。
| 語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 茜 | あかね | アカネ科の蔓性多年草。根を煮出して赤系統の染料にする |
| 襷 | たすき | 和装の袖が邪魔にならないよう肩から斜めに掛ける紐・布 |
| 菅 | すげ | カヤツリグサ科スゲ属の植物。葉が細長く丈夫で編み材に使う |
| 笠 | かさ | 頭にかぶる日除け・雨除けの被り物 |
つまり「茜で染めた赤いたすきと、スゲで編んだ笠を身につけた茶摘み娘」という装束を表現しているのです。
二番の歌詞を一語ずつ解説
「日和つづきの今日この頃を」
「日和(ひより)」とは天気・空模様、特に晴天を指す古い表現です。八十八夜の頃は移動性高気圧に覆われやすく、爽やかな晴天が続きます。茶摘みは雨の日には行えないため、晴れが続くこの時期は1年で最も貴重な「働きどき」でした。
「心のどかに摘みつつ歌う」
「のどか」は古語「長閑(のどけし)」が語源で、「ゆったりと穏やかな様子」を意味します。茶摘みは早朝から夕方まで続く長時間の重労働でしたが、晴天と新緑のなかでの作業は決して苦しいばかりではない、という心情を表しています。
そして「歌う」とあるように、茶摘み娘たちは実際に労働歌(ワークソング)を歌いながら作業をしました。これが本来の「茶摘み歌」の姿で、文部省唱歌の『茶摘』はそれを子ども向けにアレンジした二次創作にあたります。
「摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ」
同じ「摘め」の繰り返しが波のように押し寄せてきます。これは茶摘みのリズムそのもの——指先を素早く動かし続ける作業のテンポを、歌詞に直接埋め込んだ巧みな構成です。リーダー役の女性が「摘めよ!」と掛け声をかけ、続いて全員が「摘め摘め!」と返す——労働歌の典型的なコール&レスポンス形式が再現されています。
「摘まにゃ日本の茶にならぬ」
「摘まなければ日本のお茶は出来上がらない」という意味です。実はこの一節、宇治田原町の地元伝承では本来「田原(たわら)の茶にならぬ」と歌われていたものが、文部省唱歌に採録される際に全国向けに「日本」に書き換えられた——とする説が広く語られています。

八十八夜の科学——なぜこの日が「お茶の日」になったのか

八十八夜の別れ霜
「八十八夜の別れ霜」という諺があります。この日を境に遅霜(おそじも)の心配がなくなり、農作業が本格化する——という意味で、特に霜害に弱い茶葉や桑(蚕の餌)にとっては死活問題でした。
江戸時代の農書では、八十八夜以前に芽吹いた茶葉が霜害で壊滅した記録が多数残されており、農家にとって八十八夜は「霜から解放される安心の日」だったのです。
「八十八」が「米」を表すという縁起
漢字の「米」を分解すると「八・十・八」の3要素になります。このことから八十八夜は豊作の象徴日とされ、この日に作業を始めると一年が実り多くなるという縁起担ぎが各地に広まりました。
新茶(一番茶)が縁起物とされる理由
八十八夜の頃に摘まれる「一番茶」は、冬の間に蓄えられた栄養が新芽に凝縮しているため、旨味成分のテアニンがほかの茶期(二番茶・三番茶)の2〜3倍含まれます。一方で苦味成分のカテキンは少なめで、まろやかで甘みのある最高品質のお茶になります。
江戸時代から「八十八夜に摘まれた新茶を飲むと一年間無病息災で過ごせる」と言い伝えられてきたのは、単なる迷信ではなく、最も栄養価の高い葉を口にすることへの実感に裏付けられた経験則だったといえます。
| 茶期 | 摘み時期 | テアニン量の目安 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 一番茶(新茶) | 4月下旬〜5月中旬 | 多い(基準) | 旨味が濃く、苦渋味は穏やか。最高級 |
| 二番茶 | 6月中旬〜7月上旬 | 少なめ(約1/2) | 渋味と香りが強い。ペットボトル飲料に多用 |
| 三番茶 | 7月下旬〜8月上旬 | さらに少ない | 主に番茶や工業用途 |
| 秋冬番茶 | 9月〜10月 | 最も少ない | 低カフェイン、就寝前向き |
茶摘み歌の発祥——京都府宇治田原町の場合

「日本緑茶発祥の地」宇治田原町
京都府綴喜郡(つづきぐん)にある宇治田原町は、人口9,000人ほどの小さな町ですが、宇治茶の主要産地の一つであり、町の公式キャッチフレーズは「日本緑茶発祥の地」です。
この称号は、町出身の茶業家・永谷宗円(1681-1778)が江戸時代中期の1738年(元文3年)に「青製煎茶製法(あおせいせんちゃせいほう)」を完成させ、それまで茶色く濁っていた庶民の茶を、現代の私たちが知る鮮やかな緑色の煎茶へと一変させたことに由来します。
永谷宗円の青製煎茶製法

永谷宗円が編み出した青製煎茶製法の骨子は、以下の3工程に集約されます。
| 工程 | 内容 | 従来との違い |
|---|---|---|
| 蒸し | 摘んだ生葉を蒸気で蒸す | 酸化酵素を瞬時に止め、緑色を保つ |
| 焙炉手揉み | 熱した焙炉の上で15時間以上揉む | 葉の形を細長く整え、旨味を凝縮 |
| 乾燥 | 水分を5%以下まで落とす | 長期保存と均一な抽出を可能に |
宗円は完成した茶を江戸の山本嘉兵衛(現在の山本山)に持ち込み、瞬く間に江戸庶民を魅了。「永谷の煎茶」は爆発的に売れ、宇治田原町は緑茶生産の中心地として全国に名を馳せました。なお、現代に「永谷園(お茶漬け海苔で有名)」として残る企業の創業家・永谷家は、この永谷宗円の末裔にあたります。
宇治田原に伝わる本来の茶摘み歌
文部省唱歌『茶摘』のルーツとされる宇治田原町の茶摘み歌は、現在も町の観光協会によって伝承されています。労働の合間に「ヤレソウダエ」「ヤレチャツミナサンセ」といった囃子詞(はやしことば)を入れながら、即興の歌詞を継ぎ足していくスタイルで、決まった歌詞は存在しません。
茶摘み娘の装束——茜襷と菅笠の文化史
茜染めの歴史
茜染めは、日本では弥生時代から行われていた最古級の染色法のひとつです。アカネ(西洋茜・日本茜)の根を細かく刻んで湯で煮出し、灰汁(あく)で発色させる染色技法で、奈良時代の正倉院宝物にも茜染めの織物が現存しています。
赤色には古来「魔除け」「血止め」「邪気を払う」といった呪術的意味が込められており、神社の鳥居・赤飯・神札の朱印など、現在も日本文化のいたるところに「赤の力」が息づいています。茶摘み娘の襷もこの「赤=厄除け」の延長線上にあります。
菅笠の素材スゲについて
菅(スゲ)はカヤツリグサ科スゲ属の総称で、世界に約2,000種、日本にも約200種が自生します。葉が細長く丈夫で、繊維が水に強いため、編み笠・蓑(みの)・草鞋(わらじ)などの民具に古くから利用されてきました。
茶摘みに使われる菅笠は、頭頂部から円錐状に広がる「三度笠」型が主流で、強い日差しを完全に遮りながら通気性を確保する優れた農作業用ヘッドギアです。「真菅刈る」(ますげかる)は『万葉集』にも登場する古語で、菅は古代から日本人の生活に深く根ざした植物でした。
『茶摘』が文部省唱歌になるまで——1912年の音楽教育史
尋常小学唱歌の編纂事業
明治政府は1907年(明治40年)に文部省内に「尋常小学読本編纂委員会」を設置し、その音楽分野として『尋常小学唱歌』編纂に着手しました。委員会には東京音楽学校(現・東京藝術大学)の岡野貞一・島崎赤太郎・小山作之助ら当代一流の音楽家が参加し、4年がかりで全120曲を完成させました。
| 巻 | 刊行年 | 収録曲数 | 代表曲 |
|---|---|---|---|
| 第一学年用 | 1911年(明治44年)5月 | 20曲 | 『日の丸の旗』『鳩』『犬』 |
| 第二学年用 | 1911年12月 | 20曲 | 『桃太郎』『紅葉』『雪』 |
| 第三学年用 | 1912年(明治45年)3月 | 20曲 | 『茶摘』『春が来た』『春の小川』 |
| 第四学年用 | 1912年12月 | 20曲 | 『村祭』『池の鯉』『虫のこえ』 |
| 第五学年用 | 1913年(大正2年)5月 | 20曲 | 『鯉のぼり』『児島高徳』 |
| 第六学年用 | 1914年(大正3年)3月 | 20曲 | 『故郷』『朧月夜』『我は海の子』 |
『茶摘』が選ばれた理由
『茶摘』は明治45年3月発行の『尋常小学唱歌 第三学年用』に第3課として収録されました。なぜ茶摘み歌が小学校3年生の教材に選ばれたのでしょうか。当時の教育方針には次の3つの背景がありました。
- 季節教材としての適性:3年生の音楽は4月から学年が始まり、5月の八十八夜にちょうど合致する
- 勤労礼賛:明治期の教育は「働くことの尊さ」を重視し、労働歌を子どもに教えた
- 食卓の身近さ:当時の日本人にとってお茶は最も身近な飲料で、子どもの生活と結びつく
掛け合いの手遊び——「せっせっせーのよいよいよい」
『茶摘』は、二人一組で向かい合って手を打つ「手遊び歌」としても定着しています。基本の動きは次のとおりです。
| 動作 | 歌詞のタイミング |
|---|---|
| 「せっせっせーのよいよいよい」 | 手をつないで前後にスイング |
| 自分の手を1回叩く | 各小節の頭 |
| 相手の右手を叩く | 「夏も」 |
| 自分の手を叩く | 「近づく」 |
| 相手の左手を叩く | 「八十八夜」 |
| 両手を交差して叩く | 「野にも山にも」 |
テンポを徐々に速くしていくのが定番のルールで、最後まで間違えずに叩き合えると盛り上がります。世代を超えて遊べる伝承遊びとして、保育園・幼稚園・小学校で今も親しまれています。
全国に伝わる茶摘み歌のバリエーション
文部省唱歌の『茶摘』以外にも、各地の茶産地には固有の茶摘み労働歌が伝承されてきました。代表的なものを紹介します。
| 地域 | 歌の名称 | 特徴 |
|---|---|---|
| 京都府宇治田原町 | 宇治田原茶摘み歌 | 「ヤレソウダエ」の囃子詞、文部省唱歌の原型 |
| 静岡県本山地区 | 本山茶摘み歌 | 北原白秋作詞『ちゃっきり節』の前身的存在 |
| 福岡県八女市 | 八女茶摘み歌 | 玉露の本場、ゆったりしたテンポ |
| 佐賀県嬉野市 | 嬉野茶摘み歌 | 釜炒り茶の独特の作業を歌詞に反映 |
| 三重県伊勢市 | 伊勢茶摘み歌 | 伊勢音頭の影響を強く受けた節回し |
| 鹿児島県知覧 | 知覧茶摘み歌 | 南国特有のおおらかな歌い方 |
北原白秋『ちゃっきり節』との関係
1927年(昭和2年)に北原白秋作詞・町田嘉章作曲で発表された静岡県の民謡『ちゃっきり節』は、本山茶摘み歌をベースに洗練させた創作民謡です。「唄はちゃっきり節 男は次郎長」のフレーズで全国的に知られ、現在も静岡を代表する民謡として歌い継がれています。文部省唱歌『茶摘』とは別系統ですが、いずれも茶摘みの労働歌から派生した点で共通しています。
新茶(一番茶)の楽しみ方
茶葉の種類と特徴
| 種類 | 製法の特徴 | 適した飲み方 |
|---|---|---|
| 煎茶 | 蒸して揉んで乾燥した最も一般的な緑茶 | 70〜80℃で1分浸出 |
| 玉露 | 収穫前20日間遮光した特別栽培の上級茶 | 50〜60℃の低温で2分浸出 |
| 抹茶 | 遮光栽培した茶葉を石臼で挽いた粉茶 | 70〜80℃の湯で茶筅で点てる |
| 玉緑茶 | 揉まずに乾燥して勾玉状に仕上げた茶 | 70〜80℃で1分 |
| 釜炒り茶 | 蒸さずに釜で炒って酸化を止める茶 | 80〜90℃で30秒〜1分 |
| ほうじ茶 | 煎茶や番茶を強火で焙煎した香ばしい茶 | 90〜100℃の熱湯で短時間 |
新茶を美味しく淹れる手順
- 急須・湯呑をあらかじめ熱湯で温める
- 湯呑に湯を注ぎ、70〜80℃まで冷ます(湯冷まし)
- 急須に茶葉を1人2g(小さじ1杯)程度入れる
- 湯冷ましした湯を急須に注ぎ、1分間蒸らす
- 最後の一滴まで湯呑に注ぎ切る(ゴールデンドロップ)
八十八夜と関連する季節行事
| 日付(2026年) | 行事 | 由来・内容 |
|---|---|---|
| 4月29日 | 昭和の日 | 昭和天皇誕生日。GW初日 |
| 5月2日 | 八十八夜 | 立春から88日目、新茶解禁 |
| 5月5日 | 立夏 | 二十四節気の夏の始まり |
| 5月5日 | こどもの日/端午の節句 | 菖蒲湯・柏餅・鯉のぼり |
| 5月10日 | 母の日 | カーネーションを贈る日 |
| 5月20日頃 | 小満 | 万物がしだいに満ちる候 |
5月初旬は日本の伝統行事が集中する「節分けの月」です。八十八夜の新茶を母の日に贈ったり、こどもの日の柏餅と一緒に味わったりと、季節の節目を意識して暮らすと毎日が豊かになります。
『茶摘』にまつわるQ&A
Q1. 八十八夜は毎年5月2日ですか?
立春から88日目が八十八夜なので、立春の日付がずれる年は八十八夜もずれます。近年は5月1日か5月2日のいずれかになることが多く、2026年は5月2日(土)です。
Q2. 茶摘み歌の作詞・作曲者は誰ですか?
『尋常小学唱歌』に収録された当時から「文部省唱歌」と表記されており、個人の作詞作曲者名は伏せられたまま伝承されています。委員会で集団制作された結果、特定不能になったものと考えられています。
Q3. 「茜襷」の正しい読み方は?
「あかねだすき」と読みます。茜(あかね)はアカネ科の蔓性多年草で、その根を煮出した赤色染料で染めたたすきを意味します。
Q4. 「菅の笠」は今でも作られていますか?
新潟県佐渡市・山形県米沢市・滋賀県高島市などの伝統工芸として現在も生産されており、夏祭り・郷土芸能・茶道具などで使用されています。
Q5. 八十八夜の新茶は本当に縁起がいいの?
科学的には旨味成分テアニンが二番茶の2〜3倍含まれ、栄養価が最も高い時期の茶葉です。江戸時代からの「無病息災」の言い伝えは、この高品質さに対する庶民の実感に裏付けられた経験則といえます。
Q6. 茶摘み歌の二番に出てくる「日本の茶」は本来「田原の茶」だった?
京都府宇治田原町の地元伝承ではそう語られています。文部省唱歌として全国の小学校で歌われる際に、地名を一般化するため「日本」に書き換えられたとする説が有力です。
Q7. 永谷宗円と「永谷園」は関係ありますか?
はい。お茶漬け海苔で有名な株式会社永谷園は、永谷宗円の末裔である永谷嘉男氏が1953年に創業した会社で、現在も永谷家が経営に関わっています。
Q8. 八十八夜に新茶を飲む以外に、何をすればいいですか?
茶産地では新茶まつりが各地で開催されます。京都府宇治田原町の「永谷宗円生家新茶まつり」、静岡県の各茶産地での茶摘み体験、福岡県八女市・佐賀県嬉野市の新茶イベントなど、実際に茶畑を訪れる体験は記憶に残る八十八夜の過ごし方です。
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5月初旬は日本の伝統文化が凝縮された季節です。あわせて読んでいただきたい関連記事を紹介します。
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まとめ——歌詞の奥に広がる日本の文化
『茶摘』はわずか2番、合計でも10行に満たない短い歌です。しかしその歌詞のなかには、雑節としての八十八夜、霜害という農業の現実、茜染めや菅笠といった民俗工芸、宇治田原町と永谷宗円の煎茶史、そして文部省唱歌120曲という近代日本の音楽教育史までが詰まっています。
「夏も近づく八十八夜♪」と口ずさむときに、ほんの少しでも歌詞の背景を思い出していただければ、いつもの新茶の一杯がきっと特別な味わいに変わるはずです。今年の5月2日、あなたもぜひ淹れたての新茶でこの歌を歌ってみてください。


