「揺籃(ゆりかご)のうたを カナリヤが歌うよ」ではじまる子守唄「ゆりかごのうた」。だれもが一度は耳にしたことのある、とてもやさしいメロディーの童謡です。
ところが歌詞をよく読むと、少し不思議な言葉が出てきます。3番の「木ねずみ」とは、いったい何のことでしょうか。ねずみがゆりかごの綱を揺すっている光景を思い浮かべて、なんだか不気味だと感じた人もいるかもしれません。
じつはこの「木ねずみ」、私たちがよく知っているある動物のことなのです。さらにこの歌には、カナリヤ・枇杷(びわ)・黄色い月と、ある共通したモチーフがそっとちりばめられています。
この記事では、「ゆりかごのうた」の歌詞全文と1番から4番までの意味、「木ねずみ」の正体、そして作詞した北原白秋にまつわる母と枇杷のせつないエピソードまで、じっくり解説していきます。

目次
ゆりかごのうたとは?歌詞全文と基本情報(作詞・作曲・発表年)
「ゆりかごのうた」は、大正時代に生まれた日本を代表する子守唄です。原題は漢字で「揺籃のうた」と書き、「ようらん」ではなく「ゆりかご」と読ませます。揺籃とは、赤ちゃんを寝かせて揺らすかごのこと。つまりタイトルそのものが「ゆりかごの歌」という意味になります。
まずは歌詞の全文を見てみましょう。作詞・作曲ともに著作権の保護期間が満了しているため、ここでは4番まで全文を掲載します。
一、揺籃のうたを カナリヤが歌うよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
二、揺籃のうえに 枇杷の実が揺れるよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
三、揺籃のつなを 木ねずみが揺するよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
四、揺籃のゆめに 黄色い月がかかるよ
ねんねこ ねんねこ ねんねこよ
基本的な情報を整理すると、次のようになります。
- 原題:揺籃のうた
- 作詞:北原白秋(きたはら はくしゅう/1885〜1942年)
- 作曲:草川信(くさかわ しん/1893〜1948年)
- 発表:1921年(大正10年)、雑誌『小学女生』8月号
- 選定:2007年、文化庁と日本PTA全国協議会による「日本の歌百選」
- 構成:全4番、各番は「ねんねこ ねんねこ ねんねこよ」でしめくくられる
詩人・北原白秋と、作曲家・草川信という、大正の童謡黄金期を代表する二人がタッグを組んで生まれた一曲です。発表から100年以上たった今も、寝かしつけの定番として歌い継がれています。
ゆりかごのうたの歌詞の意味を1番から4番まで解説
「ゆりかごのうた」の歌詞は、4つの短い場面をやわらかく描いています。一つずつ意味を読み解いていきましょう。
1番:カナリヤが子守唄を歌う

「揺籃のうたを カナリヤが歌うよ」。ゆりかごで眠る赤ちゃんのそばで、カナリヤが子守唄を歌ってくれている、という場面です。
カナリヤは黄色い羽を持ち、とても美しい声でさえずる小鳥で、大正時代には家庭で飼われる人気のペットでした。人間の母親ではなく小鳥に子守唄を歌わせるところに、白秋らしい夢のような発想があらわれています。
2番:枇杷の実が揺れる
「揺籃のうえに 枇杷の実が揺れるよ」。ゆりかごの上に枇杷の枝がのびていて、黄橙色に熟した実がゆらゆらと揺れている情景です。
枇杷の実は初夏に色づきます。やさしい風にゆれる果実は、そのまま赤ちゃんを揺らすゆりかごのリズムと重なって見えます。この「枇杷」には、じつは白秋自身の深い思いが込められているとも言われますが、それは後ほどくわしく紹介します。
3番:木ねずみが綱を揺する
「揺籃のつなを 木ねずみが揺するよ」。ゆりかごをつるした綱を、木ねずみが揺らしてくれている、という場面です。ここで多くの人がつまずくのが「木ねずみ」という言葉ですが、その正体は次の章でくわしく説明します。
4番:黄色い月がかかる
「揺籃のゆめに 黄色い月がかかるよ」。眠りについた赤ちゃんの夢の中に、やわらかな黄色い月がぽっかりと浮かんでいる、という締めくくりです。
カナリヤ・枇杷・木ねずみ・黄色い月と、外の世界の生き物や自然が、みんなでそっと赤ちゃんの眠りを守っている。そんな温かな世界が、わずか四行のくり返しで描かれているのです。
「木ねずみ」の正体とは?歌詞に出てくる謎めいた言葉
「ゆりかごのうた」でいちばん多くの人が「これは何?」と首をかしげるのが、3番の「木ねずみ」という言葉です。
結論から言うと、木ねずみとはリス(栗鼠)のことです。漢字では「木鼠」と書き、「きねずみ」とも読みます。木の上で暮らすねずみの仲間、という意味で、昔はリスをこう呼んでいました。
つまり3番は、木の枝でくらすかわいらしいリスが、ちょろちょろと動いてゆりかごの綱を揺らしてくれている、という愛らしい場面なのです。ドブネズミのような生き物を思い浮かべて「こわい」と感じていた人も、リスだとわかると一気にほほえましく見えてくるのではないでしょうか。

「木ねずみ」のように、今ではほとんど使われなくなった言葉が残っているのも、大正時代に作られた童謡ならではの味わいです。
ゆりかごのうたを貫く「黄色」のモチーフに込められた意味
「ゆりかごのうた」の歌詞をならべてみると、あることに気づきます。登場するものが、どれも黄色っぽい色でそろえられているのです。
- 1番のカナリヤ:黄色い羽の小鳥
- 2番の枇杷の実:黄橙色に熟した果実
- 4番の黄色い月:そのままずばり黄色い月
黄色は、あたたかさや安心感を連想させる色です。詩人の白秋は、赤ちゃんを包み込むやさしい世界を描くために、意識して黄色いモチーフを重ねていったと考えられます。一枚の絵のように、歌全体がほんのりとした黄金色に染まっているのです。
何気なく聞いていると気づきませんが、色という切り口で読み直すと、白秋の緻密な言葉選びが見えてきます。子守唄でありながら「芸術歌曲」とまで称えられる理由の一つが、このさりげない色彩設計にあります。
「ねんねこ」の意味とゆりかごのうたが子守唄と呼ばれる理由
各番のさいごにくり返される「ねんねこ ねんねこ ねんねこよ」。この「ねんねこ」とは、どういう意味なのでしょうか。
「ねんねこ」は、赤ちゃんに「ねんね(おやすみ)しようね」と語りかける、昔ながらの子守言葉です。「ねんねんころりよ おころりよ」の「ねんね」と同じ流れの言葉で、眠りをうながすやさしいひびきを持っています。
意味のある文章というよりは、赤ちゃんを寝かしつけるときの音そのもの。同じ言葉を何度もくり返すことで、ゆりかごの揺れのようなリズムが生まれ、聞いている赤ちゃんの気持ちを落ち着かせます。この規則正しいくり返しこそ、「ゆりかごのうた」が子守唄として愛されてきた大きな理由です。
枇杷は母の象徴だった?北原白秋と枇杷をめぐるエピソード

2番に登場する「枇杷の実」。じつはこの枇杷には、作詞した北原白秋の個人的な思いが重ねられているという見方があります。
白秋は詩集『思ひ出』の中で、母への思いを「母の乳は枇杷より温(あたた)く 柚子(ゆず)より甘し」とうたっています。白秋にとって、黄色くまるい枇杷の実は、やさしかった母や母の乳をそのまま思い起こさせるものだったのです。
この背景をふまえると、「揺籃のうえに枇杷の実が揺れるよ」という一行は、ただの風景描写ではなく、ゆりかごの赤ちゃんを見守る母のまなざしそのものを象徴しているようにも読めてきます。もちろんこれは一つの解釈であり、白秋自身が種明かしをしているわけではありません。それでも、彼の他の詩とあわせて読むと、枇杷という果物がぐっと重みを持って感じられます。

ゆりかごのうたは「実は初夏の歌」?枇杷の実の季節から読み解く
子守唄というと季節を問わないイメージがありますが、「ゆりかごのうた」の歌詞をたどると、じつは初夏の情景がうかんできます。その手がかりになるのが、やはり2番の枇杷です。
枇杷はバラ科の果物で、実が黄橙色に色づいて食べごろになるのは、5月から6月ごろ。俳句の世界でも「枇杷」は夏の季語とされています。「枇杷の実が揺れる」という描写は、まさに初夏の風景なのです。
枝いっぱいに実った枇杷の木陰で、そよ風に吹かれながらゆりかごに揺られてお昼寝する。そんな、のどかであたたかな初夏の一日が、この歌には流れています。何番まで歌われるか、どんな色が使われているかだけでなく、季節という視点で読むのも面白いところです。
作詞・北原白秋とはどんな人物だったのか

「ゆりかごのうた」の作詞者・北原白秋は、1885年(明治18年)、福岡県の柳川(やながわ)にある酒造業の家に生まれました。数々の詩や童謡を残し、日本を代表する詩人の一人に数えられます。
柳川は水路が網の目のように広がる「水郷(すいごう)」の町。白秋はこの美しい景色の中で少年時代を過ごしました。母の名はシケといい、家業がいそがしかったため、白秋は乳母の手で育てられたとも伝えられています。母の愛への渇望が、後の詩にたびたびあらわれるのは、こうした生い立ちも関係していると言われます。
16歳のときに大火で実家の酒蔵が焼け、家は傾いていきます。やがて白秋は詩の世界にのめり込み、詩集『邪宗門』『思ひ出』で一躍名を知られる存在になりました。童謡でも「あめふり」「この道」「からたちの花」「待ちぼうけ」など、いまも歌い継がれる名作を数多く手がけています。「ゆりかごのうた」は、そんな白秋のやさしさが凝縮された一曲なのです。
作曲・草川信とゆりかごのうたが生まれた時代背景
メロディーを付けた草川信は、1893年(明治26年)に長野市で生まれた作曲家です。東京音楽学校(現在の東京藝術大学)で学び、卒業後は小学校や女学校で音楽を教えながら作曲活動を続けました。
草川が世に送り出した曲には、「夕焼小焼」「どこかで春が」「汽車ぽっぽ」など、だれもが知る童謡がずらりと並びます。子どもの気持ちに寄りそったあたたかいメロディーが、彼の大きな持ち味でした。
「ゆりかごのうた」が生まれた大正時代は、鈴木三重吉が創刊した児童雑誌『赤い鳥』を中心に、質の高い童謡を子どもたちに届けようという運動がさかんになった時期でした。白秋も草川もこの流れの真ん中にいた人物です。「ゆりかごのうた」は1921年に雑誌『小学女生』で発表され、そうした童謡黄金期の代表作の一つとして今日まで愛されています。

ゆりかごのうたが「芸術歌曲」と称される理由と日本の歌百選
「ゆりかごのうた」は、単なる子ども向けの歌にとどまらず、しばしば「芸術歌曲」として高く評価されてきました。その理由は、これまで見てきたような緻密な作りにあります。
黄色いモチーフで統一された色彩、母への思いをしのばせる枇杷、くり返しが生むゆりかごのようなリズム。短い言葉の中に、白秋の詩的な世界と草川のやわらかな旋律が過不足なく溶け合っています。子どもにもわかるやさしさと、大人が味わえる奥深さの両方を持っているのです。
その価値は公にも認められており、2007年には文化庁と日本PTA全国協議会が選ぶ「日本の歌百選」に選ばれました。これは、親から子、子から孫へと長く歌い継いでほしい童謡や唱歌を選定したもので、「ゆりかごのうた」は日本の宝ともいえる歌の一つに数えられています。
ゆりかごのうたに関するよくある質問(Q&A)
Q. カナリヤは西條八十の童謡「かなりや」と関係がありますか?
直接の関係はありません。「歌を忘れたカナリヤは」で有名な「かなりや」は、西條八十が作詞・成田為三が作曲した別の童謡です。「ゆりかごのうた」のカナリヤは、子守唄を歌ってくれる黄色い小鳥として登場するモチーフで、大正時代に人気だった飼い鳥のイメージが背景にあります。
Q. 「ゆりかごのうた」は何番まであるのですか?
全部で4番まであります。それぞれ「カナリヤ」「枇杷の実」「木ねずみ」「黄色い月」が登場し、すべて「ねんねこ ねんねこ ねんねこよ」で終わります。ふだんは1番だけ歌われることも多いですが、4番まで通して聞くと世界観がぐっと広がります。
Q. 「ゆりかごのうた」と「ゆりかごの歌」、表記はどちらが正しいですか?
原題は漢字で「揺籃のうた」です。ひらがなで「ゆりかごのうた」と書かれることが多く、これがもっとも一般的な表記です。「ゆりかごの歌」と書かれることもありますが、いずれも同じ曲を指しています。
まとめ:ゆりかごのうたの歌詞が伝える優しさ
「ゆりかごのうた」の歌詞の意味を、じっくり読み解いてきました。最後に要点を振り返っておきましょう。
3番に登場する謎の言葉「木ねずみ」は、リスのこと。こわい生き物ではなく、綱を揺らしてくれる愛らしい存在でした。
歌全体は、カナリヤ・枇杷・黄色い月という黄色いモチーフでやさしく統一されていて、2番の枇杷には作詞者・北原白秋の母への思いが重ねられているとも読めます。
大正の童謡黄金期に、詩人・北原白秋と作曲家・草川信が生み出したこの一曲は、日本の歌百選にも選ばれた名作。何気ない子守唄の中に、これだけの工夫と愛情が込められていることを知ると、次に口ずさむときの気持ちも少し変わってくるはずです。

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