「通りゃんせ 通りゃんせ、ここはどこの細道じゃ」。子どものころ、友だちと手をつないで作った関所をくぐって遊んだり、横断歩道の信号機からこのメロディが流れてくるのを聞いたりした人も多いのではないでしょうか。
ところがこの通りゃんせ、歌詞をよく読むと「行きはよいよい帰りはこわい」という不穏な一節が出てきます。ネットでは「実は人身売買の歌」「神隠しの歌」といった怖い都市伝説も語られ、なんとなく背筋がゾッとする童謡としても知られています。
この記事では、通りゃんせの歌詞の意味をていねいに読み解きながら、「怖い」と言われる本当の理由、埼玉県川越市の三芳野神社に残る史実、遊び方のルール、七五三との関係、そして世界の似た遊び歌まで、まるごと徹底解説します。

目次
通りゃんせとはどんなわらべうた?
通りゃんせは、江戸時代に成立したと見られる日本のわらべうた(遊び歌)です。作詞・作曲した人ははっきりわかっておらず、大正時代の童謡運動のなかで、童謡作曲家の本居長世(もとおり ながよ)が採譜・編曲した版が広く知られるようになりました。
別名を「天神様の細道」ともいい、歌詞のとおり、神社(天神様)へお参りに行く道のりを題材にしています。二人一組で「関所」を作り、その下を歌に合わせてくぐり抜ける、昔ながらの集団遊びの歌でもあります。
本居長世が編曲した通りゃんせは、2007年(平成19年)に文化庁と日本PTA全国協議会が選んだ「日本の歌百選」にも選ばれており、世代を超えて親しまれてきた代表的な童謡の一つです。
通りゃんせの歌詞(全文)とその意味
まずは通りゃんせの歌詞を全文で見てみましょう。地域や資料によって細かな違いはありますが、もっとも広く知られているのは次の形です。
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神様の 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のない者 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
歌詞は、関所の番人と、お参りに行きたい親子との「問答」の形になっています。フレーズごとに意味を見ていきましょう。
- ここはどこの細道じゃ:ここは何の細道ですか、と番人にたずねる問いかけです。
- 天神様の細道じゃ:天神様(菅原道真をまつる神社)へ続く参道ですよ、という答えです。
- 御用のない者通しゃせぬ:用事のない者は通せません、という番人の返事。ここに「関所」らしい緊張感があります。
- この子の七つのお祝いにお札を納めにまいります:この子が七歳になったお祝い(七五三)で、神社にお札を納めに行くのです、という参拝の理由です。
- 行きはよいよい帰りはこわい:行きはよくても、帰りはこわい。この一節が最大の謎とされてきました。
全体としては「七五三のお参りに来た親子が、番人に理由を伝えて通してもらう」という、ほのぼのとした場面を歌ったものだとわかります。問題は、最後の「帰りはこわい」をどう解釈するかです。

「行きはよいよい帰りはこわい」の意味と本当の由来

埼玉県川越市に残る川越城本丸御殿。通りゃんせの舞台とされる三芳野神社は、かつてこの川越城の中にありました。
通りゃんせで最も有名な一節が「行きはよいよい帰りはこわい」です。ここでいう「こわい」は、現代語の「恐ろしい」だけを指すわけではありません。古い言い回しでは、「こわい」に「気づまりだ」「容易でない」「疲れる」といった意味合いも含まれていました。
そして、この一節のもっとも説得力のある由来として語られているのが、発祥地の有力候補である埼玉県川越市の三芳野神社にまつわる史実です。
三芳野神社は、川越城の鎮守(守り神)としてまつられていました。ところが1639年ごろの川越城の拡張整備によって、神社は城の中の「天神曲輪(てんじんぐるわ)」に取り込まれてしまいます。
そのため、一般の人が参拝できるのは、年に一度の大祭と、七五三のお祝いのときだけに限られました。しかも場所は城の中です。参拝客にまぎれて密偵が城内に入り込むのを警戒し、帰りには番人が一人ひとりを厳しく調べたと伝えられています。
行きは「お参りに行く」だけなので気楽ですが、帰りには厳しい取り調べが待っている。この「帰りの気づまりさ」こそが、「行きはよいよい帰りはこわい」の現実的な由来だと考えられているのです。
通りゃんせの発祥地はどこ?三芳野神社と小田原の天神社
通りゃんせの発祥地には複数の説があり、それぞれの場所に「発祥の地」の碑が建てられています。代表的なものを紹介します。
埼玉県川越市・三芳野神社
もっとも有力とされるのが、川越城の鎮守だった三芳野神社です。前の章で見たとおり、城内にあって参拝が難しく、帰りに厳しく調べられたという史実が「帰りはこわい」の由来としてよく知られています。境内には「わらべ唄発祥の所」の碑が建っています。
神奈川県小田原市・山角天神社
小田原市南町の山角天神社も発祥地の候補で、こちらにも発祥の碑があります。天神様(菅原道真)をまつる神社で、歌詞の「天神様の細道」と結びつけて語られます。
神奈川県小田原市国府津・菅原神社
同じ小田原市の国府津にある菅原神社も発祥地とされ、碑が残っています。こちらも天神様をまつる神社です。
関所を舞台とする説
神社ではなく、江戸時代の「関所」を舞台にしたという説もあります。「御用のない者通しゃせぬ」という歌詞が、通行人を取り調べる関所の様子とよく合うためです。
いずれの説も決定的な証拠があるわけではありません。ただ、どの説にも共通しているのは「気軽には通れない、少し緊張する場所」だという点で、そこから「帰りはこわい」という感覚が生まれた、と考えると自然に理解できます。
通りゃんせは本当に怖い歌?都市伝説・諸説の真相
ネット上では、通りゃんせにさまざまな「怖い解釈」が語られています。代表的な都市伝説を並べつつ、その信ぴょう性も冷静に見ていきましょう。
神隠し説
行き道は無事でも、帰り道で子どもが神隠しに遭ってしまう、という解釈です。独特の物悲しい旋律と相まって、小説や映画、ゲームの題材にもよく使われてきました。ただし、これはあくまで創作上のイメージで、史料に裏づけられた話ではありません。
口減らし・間引き説
飢饉や貧しさのなかで、育てられない子どもを減らす「口減らし」を歌ったものだ、という説です。しかし、通りゃんせが遊び歌として広まったのは比較的新しく、この説を裏づける確かな根拠はありません。
人身御供・人柱説
神へのいけにえとして子どもを捧げに行く歌だ、という説もあります。おどろおどろしいですが、これも学術的な裏づけはなく、「こわい」という言葉から連想された俗説と考えられます。
被差別部落にまつわる説
「行きはよいよい帰りはこわい」が特定の地域への一本道を指しているという説が語られ、放送で扱いを避けられた時期があったとも言われます。ただし、これも確かな根拠のある話ではありません。
結論として、これらの怖い解釈はいずれも学術的な裏づけがある話ではなく、あくまで俗説・都市伝説です。「こわい」が「恐ろしい」と誤解されたことに、短調の物悲しい旋律が加わって、怖いイメージがひとり歩きしたと考えるのが自然でしょう。
同じように「怖い意味があるのでは」と語られるわらべうたに、花いちもんめがあります。あわせて読むと、わらべうたの怖い噂がどう生まれるのかがよくわかります。

通りゃんせの遊び方・ルール

通りゃんせは、歌に合わせて「関所」をくぐり抜ける集団遊びです。人数は数人からでき、広い場所がなくても楽しめます。
- まず二人が向かい合い、両手を高く上げて手をつなぎ、アーチ状の「関所(門)」を作ります。
- ほかの子どもたちは一列に並び、歌をうたいながらその関所をくぐって通り抜けます。
- 歌の前半では、関所役と通る側が「ここはどこの細道じゃ」「天神様の細道じゃ」と問答を交わします。
- 最後の「こわいながらも通りゃんせ」で、関所役はさっと手を下ろします。ちょうどくぐっていた子が捕まる、というルールです。
捕まった子が次の関所役になる地域もあれば、そのまま鬼ごっこやかくれんぼに移っていく地域もあります。決まりは土地によってさまざまで、そこもこの遊びの面白いところです。
じつは、この「二人で門を作り、最後に通る子を捕まえる」という遊び方は、日本だけのものではありません。海外にもそっくりな遊び歌があります(後の章でくわしく紹介します)。
七五三と天神様(菅原道真)の関係

歌詞に出てくる「この子の七つのお祝い」とは、いまの七五三のことです。七五三は、三歳・五歳・七歳の節目に子どもの健やかな成長を祝い、神社にお参りする行事です。
とくに昔は乳幼児が亡くなることも多く、「七つまで無事に育つ」こと自体が大きな喜びでした。だからこそ、七歳のお祝いは特別で、神社にお札を納めて感謝と成長を祈願したのです。
「天神様」とは、平安時代の学者・政治家である菅原道真をまつった神社のことです。道真は学問の神様として知られ、天神様・天満宮として全国でまつられています。通りゃんせは、その天神様へ七五三のお参りに行く場面を歌った歌だったわけです。
通りゃんせは信号機のメロディだった
年配の方のなかには、「通りゃんせといえば横断歩道の信号機の音」という人もいるでしょう。じつは1975年(昭和50年)ごろから、目の不自由な人に青信号を知らせる音響式信号機の標準メロディとして、「通りゃんせ」と「故郷の空」が使われていました。
しかし2003年(平成15年)の警察庁の通達をきっかけに、メロディ式から「ピヨピヨ」「カッコー」といった鳥の鳴き声を模した擬音式へと切り替えが進みました。メロディだと音がどちらの方向から鳴っているのか分かりにくい、といった理由からです。
そのため、いまでは信号機で通りゃんせを聞く機会はかなり減りました。もし今も流れている横断歩道に出会ったら、少し貴重かもしれません。

世界にもある?通りゃんせに似た遊び歌
「二人で門を作り、歌の最後で通る子を捕まえる」という通りゃんせの遊び方は、じつは海外のわらべうたにもよく似たものがあります。
- ロンドン橋(London Bridge Is Falling Down):イギリスの有名な遊び歌で、二人がアーチ(橋)を作り、その下をくぐった子を最後に捕まえます。遊び方は通りゃんせとほとんど同じです。
- オレンジとレモン(Oranges and Lemons):こちらもイギリスのわらべうたで、教会の鐘を歌ったものです。最後の「首をはねに来るぞ」という歌詞で腕を下ろし、通る子を捕まえます。遊びなのに少し物騒な歌詞という点が、通りゃんせの「こわい」とよく似ています。
子どもが門をくぐり、最後にひとり捕まる、という遊びが世界のあちこちにあるのは興味深いところです。少しドキドキする仕掛けが、子どもたちを夢中にさせるのかもしれません。
通りゃんせクイズ5問に挑戦
ここまでの内容から、通りゃんせのクイズを5問出します。家族や友だちと一緒に考えてみてください。
- 通りゃんせの別名は「◯◯様の細道」。◯◯に入る言葉は?
- 「この子の七つのお祝い」とは、現在の何という行事のこと?
- 「天神様」としてまつられている平安時代の人物は誰?
- 発祥地の有力候補で、かつて川越城の中にあった神社の名前は?
- かつて通りゃんせが使われていた、身近な「音」といえば何?
1. 天神(天神様の細道)
2. 七五三
3. 菅原道真
4. 三芳野神社(埼玉県川越市)
5. 横断歩道の音響式信号機のメロディ
よくある質問(Q&A)
Q. 通りゃんせは本当に怖い歌なのですか?
A. 歌そのものは、七五三のお参りに行く場面を歌った遊び歌で、怖い意味は込められていません。「帰りはこわい」の「こわい」が「恐ろしい」と誤解され、怖い都市伝説が広まっただけだと考えられています。
Q. 「行きはよいよい帰りはこわい」はどういう意味ですか?
A. 有力な説では、川越城内にあった三芳野神社は、帰りに番人から厳しく調べられたため「帰りが気づまりだった」ことに由来するとされています。「こわい」は「気づまり・容易でない」という意味合いです。
Q. 通りゃんせの発祥地はどこですか?
A. 埼玉県川越市の三芳野神社が有力ですが、神奈川県小田原市の山角天神社や国府津の菅原神社など複数の説があり、それぞれに発祥の碑が建っています。
Q. 「天神様」とは誰のことですか?
A. 平安時代の学者・菅原道真のことです。学問の神様として、全国の天満宮・天神社にまつられています。
Q. 今でも信号機で通りゃんせは流れていますか?
A. かなり減りました。2003年ごろから鳥の鳴き声を模した擬音式への切り替えが進んだため、通りゃんせのメロディが流れる横断歩道は少なくなっています。
まとめ|通りゃんせは怖い歌ではなく由緒ある遊び歌
通りゃんせは、七五三のお参りに行く親子と関所の番人の問答を歌った、江戸時代からのわらべうた(遊び歌)です。
「行きはよいよい帰りはこわい」の「こわい」は、恐ろしいという意味だけでなく「気づまり・容易でない」という意味合いを持ち、川越城内にあった三芳野神社で帰りに厳しく調べられた史実が有力な由来とされています。
人身売買や神隠しといった怖い都市伝説も語られますが、いずれも学術的な裏づけはなく、俗説と考えてよいでしょう。
由来や史実を知ってから歌うと、通りゃんせはただ怖いだけの歌ではなく、昔の暮らしが見えてくる味わい深い一曲に感じられます。ぜひ子どもと一緒に、遊びながら口ずさんでみてください。

