さくらさくら(日本古謡)の歌詞の意味とは?「やよいの空は」と「野山も里も」2つの歌詞・作者の由来まで徹底解説

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春になると、誰もが自然と口ずさむ「さくらさくら」。学校の音楽の授業で歌い、お琴の音色とともに流れれば、それだけで日本の春が目に浮かびます。

ところがこの歌、「さくら さくら 野山も里も」と歌う人もいれば、「さくら さくら やよいの空は」と歌う人もいます。じつは歌詞に2つのバージョンがあるのです。しかも「日本古謡」と紹介されることが多いのに、本当に作られたのは意外な時代でした。

この記事では、さくらさくらの歌詞を2つのバージョンとも全文でご紹介し、その意味を一行ずつ解説します。あわせて、なぜ歌詞が2種類あるのか、作者は誰なのか、そして世界中で愛される理由まで、じっくりひもといていきます。

じつは「さくらさくら」は、知れば知るほど奥の深い歌なんです。順番に見ていきましょう。

さくらさくらの歌詞全文|2つのバージョン(やよいの空は・野山も里も)

満開の桜並木と菜の花畑(さくらさくらの情景)

まずは歌詞の全文を確認しましょう。いまわたしたちが学校で習うのは「野山も里も」で始まるバージョンですが、もともとは「やよいの空は」で始まる別の歌詞でした。両方を並べてみます。

現在の歌詞(野山も里も)

いまの小学校の教科書に載っているのは、こちらの歌詞です。多くの人が「さくらさくら」といえばまず思い浮かべるのが、この形でしょう。

さくら さくら
野山も里も 見わたす限り
かすみか雲か 朝日ににおう
さくら さくら 花ざかり

昭和16年(1941年)に発行された国民学校の音楽教科書『うたのほん 下』で採用された歌詞です。「野山も里も」「花ざかり」と、春の情景がやさしい言葉で描かれています。

もとの歌詞(やよいの空は)

いっぽう、明治時代から歌われてきた元の歌詞がこちらです。少し古風な言い回しが並びます。

さくら さくら
やよいの空は 見わたす限り
かすみか雲か 匂ひぞ出づる(においぞいずる)
いざや いざや 見にゆかん

「やよい(弥生)の空」「見にゆかん(見に行こう)」といった言葉が使われています。明治21年(1888年)に発行された箏曲集に載ったのは、こちらの歌詞でした。同じメロディーに、じつは2種類の歌詞が乗っているのですね。

どちらも聞き覚えがあるという方、多いのではないでしょうか。次は言葉の意味を一つずつほどいていきます。

歌詞の意味を一行ずつ解説|「かすみか雲か」「匂ひぞ出づる」の古語

「さくらさくら」の歌詞には、いまでは日常で使わない古い言葉がいくつも出てきます。ここを押さえると、歌の情景が一気に鮮やかになります。一行ずつ見ていきましょう。

やよいの空は/野山も里も

「やよい(弥生)」は旧暦の3月のこと。新暦ではおおよそ4月にあたり、まさに桜の季節です。「やよいの空は見わたす限り」で、春の空の下、どこまでも広がる景色を歌っています。

現在版の「野山も里も」も同じで、野も山も里も、目に入るところすべてに、という意味。どちらも「見わたす限り」の桜を描いています。

かすみか雲か

見わたすかぎり、一面に咲いた桜。あまりに咲きそろっているので、「霞(かすみ)だろうか、それとも雲だろうか」と見まちがえるほどだ、という表現です。桜が空の低いところに雲のようにたなびいて見える、あの光景そのものですね。

匂ひぞ出づる/朝日ににおう

ここが最大の読みどころです。「匂ふ(におう)」は、古語では香りのことではありません。「色つやが美しく照り映える」という、視覚的な美しさをあらわす言葉です。

ですから「匂ひぞ出づる」は、桜が咲きこぼれて美しく輝いている、という意味。現在版の「朝日ににおう」も同じで、朝日を浴びて桜が照り映えている情景です。香りではなく「見た目の輝き」を歌っているところが、古い日本語ならではの味わいです。

いざや いざや 見にゆかん/花ざかり

元の歌詞の結びは「いざや いざや 見にゆかん」。「いざや」は「さあ」と人を誘う言葉で、「見にゆかん」は「見に行こう」。あんなに美しいのだから、さあ見に行こう、と呼びかけて終わります。

現在版は「さくら さくら 花ざかり」で締めくくり、満開の桜そのものを言い切って余韻を残します。誘いかけで終わる元の歌詞と、情景で終わる現在の歌詞。同じ曲でも、結びの印象がずいぶん違います。

古語のまとめ
  • やよい=旧暦3月。新暦のおよそ4月で、桜の季節を指します。
  • かすみか雲か=霞か雲かと見まちがえるほど、桜が一面に咲いている様子。
  • 匂ひぞ出づる・朝日ににおう=香りではなく「色美しく照り映える」という視覚的な意味。
  • いざや=「さあ」と誘う言葉。見にゆかん=「見に行こう」。

「匂う」が香りじゃないというのは、意外と知られていないんですよね。古文の授業を思い出す方もいるかもしれません。

なぜさくらさくらの歌詞は2種類あるのか|1888年から1941年への変遷

では、どうして歌詞が2つあるのでしょうか。年代を追うと、その理由がはっきり見えてきます。

記録に残る最初は、明治21年(1888年)。文部省の音楽取調掛が編さんした『箏曲集』に「櫻(さくら)」として収められました。このときの歌詞が「やよいの空は」で始まるものです。もともと江戸時代からあった箏の稽古曲の旋律に、あらためて歌詞をつけて教材にした形でした。

時代が下って昭和16年(1941年)。国民学校の音楽教科書『うたのほん 下』に載せる際に、歌詞が「野山も里も」で始まるものへ書き換えられます。これが、いま学校で習う歌詞です。

なぜ変えたのか。当時の教師用の指導書には、こう記されています。「古謡は、可成り語句がむづかしく、この程度の児童には難解である為、その精神を採り入れて、替歌としたものである」。

つまり「やよい」「匂ひぞ出づる」「見にゆかん」といった言葉は、小さな子どもには少し難しい。そこで歌の心はそのままに、やさしい言葉へ置きかえたのです。「見にゆかん」という誘いの言葉が消え、「花ざかり」という素直な言い切りになったのも、この改変によるものでした。

難しい言葉を子ども向けにやさしくした、というのは納得ですよね。歌い継がれるうちに形が整っていったわけです。

さくらさくらは本当に「日本古謡」なのか|作者と由来の真相

箏の稽古の古写真(さくらさくらは箏の手ほどき曲だった)

楽譜やCDでは、たいてい「日本古謡」と書かれています。「古謡」と聞くと、平安や奈良のような、はるか昔から伝わる歌のように感じます。ところが、実際の由来はもう少し新しいのです。

「さくらさくら」は、幕末(江戸時代の終わりごろ)に、子ども用の箏(こと)の手ほどき曲として作られたものだと考えられています。作者ははっきりわかっていません。もとになったのは「咲た桜(さいたさくら)」という箏の稽古曲で、「さいた桜 花見て戻る」といった歌詞がついていたと伝わります。

この曲が手ほどきに向いていたのには理由があります。箏を「平調子(ひらぢょうし)」という基本の調弦にすると、ほとんど隣の弦へ順に指を移すだけで弾けるのです。はじめて箏にふれる子どもでも弾きやすい、まさに練習用にうってつけの一曲でした。

ですから「古謡」とはいっても、奈良や平安から伝わる古い歌ではなく、せいぜい幕末に生まれた稽古曲というのが実情です。作者がわからず、作られた正確な年代もはっきりしないため、便宜的に「日本古謡」と呼ばれている、と考えると腑に落ちます。古くから日本人に愛されてきたのは間違いありませんが、その中身は思ったよりも「新しい」歌なのです。

「古謡」という言葉から受ける印象と、実際の成り立ちがずいぶん違って面白いですよね。

音階の秘密|都節音階が生む「日本らしさ」の正体

「さくらさくら」は、はじめの一音を聞いただけで「これぞ日本」という空気が漂います。その正体は、使われている音階にあります。

この曲は、都節音階(みやこぶしおんかい)という日本の伝統的な五音音階でできています。ドレミファソラシドの七つではなく、五つの音で組み立てられ、そのなかに半音の響きを含むのが特徴です。この半音が、どこか陰りのある、しっとりとした情緒を生み出しています。同じ五音でも、半音を含まない明るい民謡音階とは、まるで印象が違います。

じつはこの点が、音楽史のなかで「さくらさくら」を特別な存在にしています。明治・大正の唱歌の多くは、西洋の長調・短調でつくられました。学校で新しく西洋音楽を教えようとした時代だったからです。そのなかにあって「さくらさくら」は、箏の平調子にもとづく邦楽の音階でできている点で、はっきりと異彩を放っていました。西洋音階の唱歌が並ぶ教科書のなかで、この一曲だけが日本古来の響きを保っていたのです。

都節音階とは
半音を含む、日本の伝統的な五音音階です。しっとりとした陰りのある響きが特徴で、「さくらさくら」のほか、日本情緒を感じさせる曲に広く使われています。西洋音階が主流だった唱歌のなかで、この曲の邦楽的な響きはとりわけ際立っていました。

あの独特の「和」の雰囲気には、ちゃんと音楽的な理由があったんですね。

世界に愛されるさくらさくら|プッチーニ・発車メロディ・日本の代表曲

ライトアップされた夜桜(日本を象徴するさくらさくら)

「さくらさくら」は、いまや日本を代表する旋律として世界中で知られています。「荒城の月」と並んで、欧米の人にもっともよく知られた日本の歌の一つとされ、国際的な場面で演奏されることも少なくありません。

桜と歌の情景をもっと味わいたい方は、同じく春を歌った唱歌の記事もあわせてどうぞ。

海を渡った歴史は古く、明治のころにさかのぼります。1888年に来日したオーストリアの音楽家ルドルフ・ディットリヒは、1894年にこの旋律をピアノ曲としてドイツの出版社から出版しました。日本の美しい旋律を、いち早くヨーロッパへ紹介したのです。

イタリアの作曲家プッチーニは、オペラ「蝶々夫人」(1904年初演)のなかにこの旋律を織り込みました。物語の舞台は長崎。異国情緒を出すために、日本を象徴するこの曲を選んだのです。のちには旧ソ連の作曲家カバレフスキーも「日本民謡による変奏曲」(1969年)にこの旋律を取り入れています。

身近なところにも「さくらさくら」はあふれています。JR山手線の駒込駅や、中央線快速の武蔵小金井駅では、この曲が発車メロディに使われています。近鉄特急が吉野駅に着くときの車内チャイムもこの旋律です。NHKワールドの放送でも流れており、まさに「日本の音」として国内外に定着しているのがわかります。

そして2006年(平成18年)には、文化庁と日本PTA全国協議会が選ぶ「日本の歌百選」にも選ばれました。幕末の稽古曲が、いまや世界に通じる日本の名曲になったのです。

駅の発車メロディで無意識に聞いている人も多いはず。あらためて意識すると、桜のこの曲がぐっと身近に感じられます。

さくらさくらのよくある質問Q&A

Q. さくらさくらの作者は誰ですか?

A. 作者は不明です。もとは幕末の箏の稽古曲で、作った人はわかっていません。明治の『箏曲集』に収める際に歌詞を整えたのは、編さんに関わった伊沢修二・里見義・加藤厳夫のいずれかではないかと推定されていますが、確定はしていません。そのため「日本古謡」として扱われています。

Q. 日本古謡なのに幕末に作られたって本当ですか?

A. 本当です。「古謡」というと平安や奈良の歌のように思えますが、「さくらさくら」のもとは幕末に作られた箏の手ほどき曲です。作者不詳で成立年代もはっきりしないため、便宜的に「古謡」と呼ばれているのが実情です。

Q. 歌詞は「野山も里も」と「やよいの空は」どちらが正しいのですか?

A. どちらも正しい歌詞です。元は明治の「やよいの空は」で、昭和16年に子ども向けにやさしくしたのが現在の「野山も里も」です。いま学校で習うのは後者ですが、両方とも「さくらさくら」の正式な歌詞です。

Q. プッチーニはなぜ日本の歌を使ったのですか?

A. オペラ「蝶々夫人」が長崎を舞台にした物語だからです。日本らしい雰囲気を音楽で表現するために、日本を象徴する「さくらさくら」の旋律を取り入れました。当時ヨーロッパで流行していた日本趣味(ジャポニスム)も背景にあります。

Q. さくらさくらが「日本らしく」聞こえるのはなぜですか?

A. 都節音階という、半音を含む日本の五音音階でできているからです。この半音の響きが、陰りのある独特の情緒を生みます。西洋音階でつくられた唱歌が多いなかで、この曲の邦楽的な響きが「和」の印象を強めています。

まとめ

「さくらさくら」は、幕末に生まれた箏の手ほどき曲をルーツに持つ歌です。「日本古謡」と呼ばれますが、平安や奈良の古歌ではなく、思ったよりも新しい歌でした。

歌詞は明治の「やよいの空は」と、昭和の「野山も里も」の2バージョン。子どもにも歌いやすいようにと、歌の心を残したまま、言葉がやさしく置きかえられました。

都節音階が生むしっとりとした響きは、プッチーニのオペラや駅の発車メロディにまで受けつがれ、いまや日本を象徴する旋律になっています。

春に「さくらさくら」を口ずさむとき、この一曲にこめられた長い物語を、少しだけ思い出してみてください。桜の見え方が、いつもと少し変わるかもしれません。