七つの子(童謡)の歌詞の意味とは?「七つ」は七羽か七歳かの謎・野口雨情の由来まで徹底解説

「烏(からす)なぜ啼(な)くの、烏は山に可愛い七つの子があるからよ」。誰もが一度は口ずさんだことのある童謡「七つの子」。やさしいメロディと親子の情景が心にしみる名曲ですが、実はこの歌には100年以上ものあいだ決着のつかない大きな謎が隠されています。それは、タイトルにもなっている「七つ」が七羽(7羽の子ガラス)なのか、それとも七歳(7歳の子ども)なのか、という問題です。

この記事では、「七つの子」の歌詞全文と現代語訳から、「七つ」をめぐる研究者たちの論争、作詞した野口雨情本人の意外な答え、さらにはカラスの生態から見た歌詞の矛盾まで、一つずつ丁寧に解き明かしていきます。読み終わるころには、この短い童謡がぐっと味わい深く感じられるはずです。

子どものころ何気なく歌っていた「七つの子」。改めて歌詞を見ると、けっこう謎だらけなんですよね。

七つの子(童謡)の歌詞全文と現代語訳

まずは「七つの子」の歌詞を全文で確認してみましょう。作詞は野口雨情、作曲は本居長世(もとおり ながよ)で、大正10年(1921年)に発表された童謡です。歌詞は著作権の保護期間が満了しており、自由に紹介することができます。

からす なぜ啼(な)くの
からすは山に
可愛い七つの
子があるからよ
可愛い 可愛いと
からすは啼くの
可愛い 可愛いと
啼くんだよ
山の古巣(ふるす)に
行つて見て御覧(ごらん)
丸い眼(め)をした
いい子だよ

短い歌詞ですが、よく読むと二人の登場人物の問答(会話)でできていることがわかります。前半の「からす、なぜ啼くの?」は、幼い子どもが親や祖父母にたずねている言葉です。そして「からすは山に可愛い七つの子があるからよ」以降は、それに答える大人の言葉になっています。

現代語にやわらかく訳すと、次のような情景です。

「カラスは、どうして鳴いているの?」「カラスは山に、可愛い七つの子どもがいるからだよ。可愛い、可愛いと鳴いているの。可愛い、可愛いと鳴いているんだよ。山の古い巣に行って見てごらん。丸い目をした、いい子だよ」。

夕暮れどきに山へ帰っていくカラスの姿を見上げながら、親子でそんな会話を交わしている。そんなあたたかな場面が目に浮かびます。

「七つの子」の歌詞の意味とは?親子の愛を歌ったカラスの歌

童謡「七つの子」に歌われるカラス(ハシブトガラス)

カラスは実はとても知能が高く、家族思いの鳥です。歌のイメージ通り、子を大切に育てる一面を持っています。

「七つの子」の歌詞が伝えようとしているのは、ひと言でいえば親が子を思う無償の愛です。カラスが夕方になると鳴きながら山へ帰っていくのは、巣で待っている我が子のもとへ急いでいるから。その姿に、家族を思う親の心が重ねられています。

作詞した野口雨情は、自分の著書のなかでこの歌についてこう語っています。「この歌詞中に丸い眼をしたいいこだよと歌ったところに童謡の境地があることを考えてください。童謡の境地はいかなる場合にも愛の世界であり、人情の世界でなくてはならないのであります」。

つまり雨情にとって童謡とは、理屈や教訓ではなく、あくまで「愛」と「人情」を描くものでした。真っ黒で不気味に思われがちなカラスを、あえて「丸い眼をしたいい子」と歌ったところに、この歌のやさしさが凝縮されているのです。

大正時代は、子どもの心を尊重する童謡・童話の運動が花開いた時期でもありました。雨情は北原白秋、西条八十と並んで「大正三大童謡詩人」と呼ばれ、子どもの目線に立ったあたたかな作品を数多く残しています。「七つの子」は、その代表作のひとつなのです。

「七つ」は七羽か七歳か?野口雨情最大の謎を徹底検証

さて、いよいよこの歌の最大の謎です。「可愛い七つの子」の「七つ」とは、いったい何を意味しているのでしょうか。実はこの問題は、研究者のあいだでも長らく議論されてきました。主な説は次の三つです。

七羽説(子ガラスが7羽いる)

もっとも素直な解釈が、「七つ=7羽の子ガラス」という説です。この説を後押しするのが、初出誌の挿絵です。大正10年7月号の雑誌『金の船』に掲載されたとき、画家・岡本帰一(おかもと きいち)が描いた挿絵には、丸い眼をした7羽の子ガラスが描かれていました。作品が世に出た当初のイメージが「7羽」だったことは、大きな根拠になります。

ただし、児童文学者の楠木しげおは「7羽とは多すぎるが、雨情は『ななつ』という言葉の響きが気に入ったのだろう」と指摘しています。数としての正確さより、音の心地よさを優先したという見立てです。

七歳説(7歳の子どもがいる)

一方、「七つ=7歳の子ども」とする説も根強くあります。雨情の息子である野口存彌(のぐち ながや)は、この「七つの子」を帯解き(おびとき)の式を迎えた7歳の女の子を指すものと解釈しました。帯解きとは、七五三の7歳のお祝いのことです。

国文学者の若井勲夫も「雨情が子どもの年齢としてあえて七歳を選んで作詞したことに大きな意味がある」と結論づけています。また言語学者の金田一春彦は、7歳は昔から子ども時代を代表する年齢であり、母が子に「カラスにも山に七歳の子がいるんだよ」と語りかけるのは自然だと述べています。

「たくさん」説(数えきれないほど多くの子)

三つ目が、「七つ=たくさん」という説です。日本語では古くから「七」を「数が多いこと」のたとえに使ってきました。七転び八起き、親の七光り、七不思議などがその例です。雨情自身も、著書のなかで「沢山(たくさん)の子供たちがゐる」という趣旨の記述を残しており、この説を支える有力な手がかりとなっています。

作者・野口雨情本人の答えは「どちらでもいい」

では、作者本人はどう考えていたのでしょうか。ここが「七つの子」のいちばん面白いところです。雨情は「七つ」について、必ずしも7歳という意味ではなく「幼い」という気持ちを込めたもので、『言葉の音楽』として芸術味を豊かにするために『七つ』としたと説明しています。

さらに、七羽なのか七歳なのかと問われたとき、雨情は「7羽でも7歳でも、歌う人が納得すればそれでいい」という趣旨の答えを返したと伝えられています。つまり、答えを一つに決めないこと自体が、詩人の意図だったのです。数字の正解を探すよりも、それぞれの心に浮かんだ情景を大切にしてほしい。そんなメッセージが読み取れます。

作者が「どっちでもいいよ」と言っているんだから、これはもう正解のない謎。だからこそ100年語り継がれているわけですね。

カラスの生態から見た「七つの子」の矛盾(七羽・七歳は本当か)

カラスの巣の中の卵とかえったばかりのヒナ

巣の中で卵からかえったばかりのカラスのヒナ。「山の古巣」で親を待つ子どもの姿そのものです。

「七つ」の意味を考えるうえで、もう一つ面白い視点があります。それは、実際のカラスの生態から見ると、七羽説も七歳説もどちらも無理がある、という点です。カラス研究の第一人者として知られる杉田昭栄博士(宇都宮大学名誉教授)は、次の二つの矛盾を指摘しています。

一つ目は、ヒナの数です。野生のカラスが一度に育てるヒナは、多くの場合2〜5羽ほど。7羽ものヒナを育てるのは現実的ではありません。二つ目は、年齢です。カラスはおよそ満2年で大人になります。7歳のカラスといえば立派な成鳥で、とても「子」とは呼べません。

つまり、字義どおりに受け取ると、七羽も七歳も生物学的にはあり得ない設定なのです。ではなぜ、雨情はそう歌ったのか。答えはシンプルで、この歌が生き物の観察記録ではなく、人間の家族愛をカラスに投影した詩だからです。正確な数より、親が子を慈しむ気持ちを伝えることが目的だったわけです。

ちなみに、日本で身近なカラスにはハシブトガラスとハシボソガラスの2種類がいます。ハシブトガラスは嘴(くちばし)が太く、都市部に多く、澄んだ「カアカア」という声で鳴きます。ハシボソガラスは嘴が細く、農耕地に多く、濁った「ガアガア」という声で鳴きます。どちらもとても賢く、道具を使ったり人の顔を見分けたりすることが知られています。歌のカラスがどちらなのかを想像してみるのも一興です。

カラスって実はすごく子煩悩で、家族の絆が強い鳥なんですよ。雨情はそこを見抜いていたのかもしれません。

七つの子の由来と成立|原型の詩「山烏」から野口雨情の改作まで

野口雨情の生家(茨城県北茨城市)

作詞者・野口雨情が生まれ育った茨城県北茨城市の生家です。この地から数々の名童謡が生まれました。

「七つの子」には、実は元になった詩があります。それが、明治40年(1907年)に出版された雨情の詩集『朝花夜花集(あさばなよばなしゅう)』に収められた「山烏(やまがらす)」という作品です。雨情がまだ20代半ばの頃に書いたものでした。

この「山烏」を大正10年(1921年)に大きく書き改めたものが、現在知られている「七つの子」です。同じ年の7月、児童雑誌『金の船』に発表され、本居長世が曲をつけたことで、童謡として広く親しまれるようになりました。原型の詩から十数年を経て、より子どもに寄り添うやさしい形へと磨き上げられたのです。

作曲した本居長世は、江戸時代の国学者・本居宣長の子孫にあたる音楽家です。「七つの子」のほかにも、「赤い靴」「青い眼の人形」「十五夜お月さん」など、雨情とのコンビで数々の名童謡を生み出しました。素朴でありながら忘れがたいあのメロディは、長世の手によるものなのです。

「七つのお祝い」と七五三|なぜ七歳が特別な節目なのか

七歳説を理解するうえで欠かせないのが、日本人にとっての「七歳」の特別な意味です。かつて日本には「七つまでは神のうち」という言葉がありました。これは、7歳になるまでの子どもはまだ神様の側に属する存在で、いつあの世へ戻ってもおかしくない、という考え方です。

背景にあるのは、乳幼児の死亡率が非常に高かったという事実です。医療も衛生環境も整っていなかった時代、生まれた子が無事に育つ保証はありませんでした。だからこそ、7歳まで生き延びたことは大きな喜びであり、七五三の「帯解き」でその成長を盛大に祝ったのです。「七つのお祝い」とは、まさに命がつながったことへの感謝の儀式でした。

この「七つのお祝い」というフレーズは、同じくよく知られたわらべうた「通りゃんせ」にも「この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります」という形で登場します。七歳という節目が、いかに人々の暮らしに深く根づいていたかがうかがえます。

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七つの子は怖い歌?都市伝説の真相を検証

ネット上では、「七つの子」を「本当は怖い童謡」として紹介する話を見かけることがあります。「七つ」を不吉な数字に結びつけたり、隠された暗い意味があると噂されたりするのです。結論から言えば、これらの「怖い説」に確かな根拠はありません

すでに見てきたとおり、「七つの子」はカラスの親子に人間の家族愛を重ねた、あくまでやさしい歌です。「怖い」という解釈が生まれるのは、「七つ」の意味がはっきりしないことと、カラスという鳥が持つどこか不吉なイメージが結びついた結果にすぎません。曖昧さが想像をかき立て、都市伝説として一人歩きしてしまったのでしょう。

むしろこの歌は、時代を超えて愛され、たくさんのパロディも生みました。有名なのが、ザ・ドリフターズの志村けんが歌ってはやらせた「カラス、なぜ鳴くの、カラスの勝手でしょ」という替え歌です。多くの人が思わず口ずさんでしまうこの一節も、原曲があってこそ。怖い歌どころか、みんなに親しまれてきた証拠と言えます。

「カラスの勝手でしょ」、つい歌っちゃいますよね。元の「七つの子」が国民的な歌だからこそ、替え歌もここまで広まったわけです。

野口雨情の人物像と代表作|しゃぼん玉・赤い靴との共通点

「七つの子」をより深く味わうために、作詞者・野口雨情の人物像にも触れておきましょう。雨情は明治15年(1882年)、茨城県磯原町(現在の北茨城市)の生まれ。地元の名家に育ちましたが、家業の傾きや放浪など波乱の人生を歩みながら、庶民の哀感に寄り添う詩を書き続けました。

雨情の作品には、どこか物悲しさと温かさが同居しているのが特徴です。代表作を並べてみると、その世界観が伝わってきます。

  • 七つの子:カラスの親子に家族愛を重ねた童謡
  • しゃぼん玉:はかなく消えるしゃぼん玉に、幼い命への思いを託した歌
  • 赤い靴:異国へ連れられていった少女の物語
  • 青い眼の人形:日米の子どもの交流を願った歌
  • 証城寺の狸囃子(しょうじょうじのたぬきばやし):狸たちの愉快な夜を描いたユーモラスな一曲

とりわけ「しゃぼん玉」は、「七つの子」と同じく子どもと命をテーマにした作品として知られています。雨情がどんな思いを歌に込めたのか、あわせて読むといっそう理解が深まります。

七つの子に関するよくある質問(Q&A)

最後に、「七つの子」についてよく寄せられる疑問をまとめました。

Q. 結局「七つ」は七羽ですか、七歳ですか?

A. どちらとも断定できません。初出の挿絵は7羽で描かれ、7歳説を唱える研究者もいますが、作者の野口雨情自身が「歌う人が納得すればどちらでもよい」「たくさんの子という気持ちを込めた」と語っています。正解を一つに決めないことこそ、この歌の魅力です。

Q. 「七つの子」はいつ、誰が作った歌ですか?

A. 作詞は野口雨情、作曲は本居長世です。大正10年(1921年)7月、児童雑誌『金の船』に発表されました。原型は明治40年の詩「山烏」です。

Q. カラスは本当に子どもを可愛がるのですか?

A. はい。カラスは非常に知能が高く、家族のきずなが強い鳥として知られています。親は熱心にヒナを育て、巣立った後もしばらく家族で行動することがあります。歌のイメージは、実際のカラスの子育ての姿ともよく重なります。

Q. 「七つの子」は怖い意味のある歌なのですか?

A. いいえ。ネット上の「怖い説」に確かな根拠はありません。カラスの親子に人間の家族愛を重ねた、やさしい童謡です。

まとめ|「七つの子」は答えのない優しい謎

童謡「七つの子」は、山へ帰るカラスの親子に人間の家族愛を重ねた、野口雨情の代表作です。作曲は本居長世、大正10年に『金の船』で発表されました。

最大の謎である「七つ」は、七羽説(初出の挿絵)、七歳説(帯解き・研究者の見解)、たくさん説(雨情の記述)の三つに分かれます。しかし作者本人は「歌う人が納得すればどちらでもいい」と語っており、答えは一つに定まりません。

カラスの生態から見れば、七羽も七歳も現実にはあり得ない設定です。それでもこの歌が愛され続けるのは、正確さよりも「親が子を思う心」を描くことを大切にしたからにほかなりません。

「怖い歌」という噂に根拠はなく、「七つの子」はどこまでもやさしい歌です。次にこの歌を口ずさむときは、あなたの心にはどんな情景が浮かぶでしょうか。ぜひ、あなたなりの「七つ」を思い描いてみてください。

正解がないからこそ、何度でも味わえる。「七つの子」は、そんな懐の深い一曲でした。