「むすんでひらいて」の歌詞の意味とは?原曲ルソー・軍歌だった由来・怖い都市伝説を解説

むすんでひらいての歌詞の意味と原曲・由来

「むすんで ひらいて 手を打って むすんで」。だれもが一度は口ずさんだことのある手遊び歌「むすんでひらいて」。保育園や幼稚園、小学校の音楽の時間で覚えた、日本でもっとも親しまれている童謡のひとつです。

ところが、この素朴なメロディの正体をたどっていくと、作曲したのはなんとフランスの大思想家ジャン=ジャック・ルソーだという説にたどり着きます。しかも日本では賛美歌になり、明治のころには「弾丸込めて撃ち倒せ」と歌う軍歌として使われていた時期まであるのです。

この記事では、「むすんでひらいて」の歌詞と手の動きの意味から、遊び方、ルソーの原曲、賛美歌から軍歌へと姿を変えた数奇な由来、そして「怖い」とささやかれる都市伝説の真相までを、まとめて解説していきます。

たった一曲の手遊び歌のうしろに、これほど壮大な世界史がかくれているとは、おどろきですよね。

「むすんでひらいて」の歌詞と手の動きの意味

まずは、いま歌われている「むすんでひらいて」の歌詞を確認しましょう。現在の童謡版は作詞者不詳で、次のような歌詞です。

むすんで ひらいて
手を打って むすんで
また ひらいて 手を打って
その手を 上に
むすんで ひらいて 手を打って むすんで

「むすんで」は、両手をぎゅっと握ってグーをつくること。「ひらいて」は、その手をパッと開いてパーにすることです。「手を打って」はそのまま拍手を表します。つまり歌詞そのものが、そっくりそのまま手の動きの説明になっているわけですね。

最後の「その手を上に」の部分は、歌をくり返すたびに「下に」「前に」「頭に」「ひざに」と自由に変えていきます。上げた手をどこへ持っていくかを変えることで、体の部位を覚えたり、最後は行儀よく手をひざにそろえたりと、遊びながら自然に体の使い方を学べる仕組みになっています。

難しい意味やメッセージが込められているわけではなく、幼い子どもが歌に合わせて手を動かし、指先を器用にする練習にぴったりな一曲。それが「むすんでひらいて」という歌の素直な意味だと考えてよいでしょう。

「むすんでひらいて」の遊び方・手遊びのやり方

「むすんでひらいて」は、歌詞に合わせて手を動かすだけの、いちばんシンプルな手遊び歌です。特別な道具もいらず、赤ちゃんから遊べるのが魅力です。基本の動きは次のとおりです。

基本の手の動き

  • むすんで……両手をグーの形にぎゅっと握ります。胸の前あたりで握ると見やすくなります。
  • ひらいて……握った手をパッと開いてパーにします。指をいっぱいに広げるのがコツです。
  • 手を打って……開いた手でパチンと一回拍手します。ここでリズムが生まれます。
  • むすんで……もう一度グーに握ります。「むすんで、ひらいて、手を打って、むすんで」までがワンセットです。
  • その手を上に……最後に両手をあげたり、下ろしたり、頭やひざに置いたりして、次の場所を歌で指示します。

大人が向かい合ってゆっくり手本を見せると、赤ちゃんでも手をにぎにぎして楽しめます。目と手を連動させる練習になるため、保育や幼児教育の現場でも定番の一曲です。

アレンジで盛り上げるコツ

基本に慣れてきたら、遊び方をアレンジするといっそう盛り上がります。歌うスピードをだんだん速くして、どこまでついてこられるか競うと、子どもは大喜びします。

また「その手を〇〇に」の部分を、頭・おなか・おしり・背中と体のいろいろな場所に変えていくと、体の部位を覚えるゲームにもなります。ときどき「その手をおしりに」と言ってわざと笑いを誘うのも、盛り上げの定番です。

速さを変えたり置く場所を増やしたりするだけで、同じ歌が何通りにも遊べるのがすごいところですね。

原曲はフランスの哲学者ルソーが作曲したオペラだった

オペラ「村の占い師」を作曲したジャン=ジャック・ルソーの肖像

この親しみやすいメロディの作曲者とされているのが、フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソー(1712〜1778)です。「社会契約論」や「エミール」で知られる啓蒙思想の巨人ですが、じつは音楽理論家・作曲家としての顔も持っていました。

「むすんでひらいて」の原曲は、ルソーが作曲したオペラ「村の占い師(Le Devin du village)」だとされています。このオペラは1752年10月18日、フォンテーヌブロー宮殿で国王ルイ15世の前で初演され、大成功をおさめました。翌1753年3月1日にはパリのオペラ座で一般公開され、その後400回以上も上演される人気作となります。

あまりの評判に、国王ルイ15世はルソーに年金を与えようとしたと伝えられます。しかしルソーは、宮廷に縛られて自由を失うことを嫌い、その年金の申し出を辞退してしまいました。権力にこびない、いかにもルソーらしいエピソードです。

そして「むすんでひらいて」のもとになったのは、このオペラの第8場で、村人たちがパントマイム(無言の寸劇)を演じる場面に流れる音楽だと言われています。宮廷を熱狂させた華やかなオペラの一場面が、めぐりめぐって日本の子どもたちの手遊び歌になったと考えると、なんとも不思議な話です。

ルソーとラモーの「ブフォン論争」

「村の占い師」が生まれた1750年代のパリは、音楽界を二分する大論争のまっただ中にありました。伝統的なフランスオペラを重んじる立場と、軽やかで旋律の美しいイタリア喜歌劇を推す立場が激しく対立した「ブフォン論争」です。

作曲家ラモーらが担うフランス音楽を「ハーモニー重視」と批判し、ルソーは「メロディこそ音楽の命だ」とイタリア音楽を擁護しました。宮廷では、フランス音楽派が国王のそばの席に陣取って「国王方」、イタリア音楽派が王妃のそばに集まって「王妃方」と呼ばれたほどの過熱ぶりでした。「村の占い師」は、まさにこの論争のただ中で生まれた話題作だったのです。

なお、この旋律を本当にルソー本人が作曲したのかについては異説もあります。ただ、広く語られている通説は「ルソー作曲」であり、この記事でもその立場で紹介しています。

大思想家が作った宮廷オペラが原点だなんて、手をにぎにぎしながら歌っていたころには想像もできませんでした。

賛美歌から軍歌へ、日本に伝わるまでの数奇な由来と変遷

ルソーが作曲したオペラ「村の占い師」序曲の自筆楽譜

ルソーの旋律が日本にやってきてから、この曲は歌詞をつけかえられながら、じつに四回も姿を変えています。「賛美歌 → 唱歌 → 軍歌 → 童謡」という、世界でもめずらしい変遷をたどったのです。順番に見ていきましょう。

①賛美歌「グリーンヴィル」(1874年ごろ)

日本でこの旋律が最初に登場したのは、1874年前後、バプテスト教会が発行した「聖書之抄書(第四)」に載った賛美歌としてでした。「キミノミチビキ(君の導き)」という日本語詞がつけられています。

欧米ではルソーのこの旋律が「グリーンヴィル(Greenville)」という名の賛美歌として広まっており、教会音楽として各地で歌われていました。日本に入ってきた最初のきっかけが、オペラでも軍歌でもなく賛美歌だったというのは意外なところです。

②唱歌「見わたせば」(1881年)

次にこの旋律は、学校教育の場に登場します。1881年(明治14年)、文部省音楽取調掛(のちの東京音楽学校、現在の東京藝術大学)が発行した日本初の音楽教科書「小学唱歌集」初編に、「見わたせば」という唱歌として収められました。

作詞したのは、音楽取調掛に勤めていた国文学者の柴田清熙と稲垣千穎です。古今和歌集におさめられた素性法師の和歌「みわたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりける」を下敷きにした、春の都をたたえる雅な歌詞になっています。いまの手遊び歌とはまるで雰囲気の違う、格調高い唱歌でした。

③軍歌「戦闘歌」(1895年)

ところが日清戦争のころになると、同じ旋律に勇ましい歌詞がつけられます。1895年(明治28年)、軍歌集「大東軍歌」に、鳥居忱が作詞した「戦闘歌」として掲載されたのです。

その歌詞は「弾丸込めて撃ち倒せ」「銃剣附けて突き倒せ」といった、戦場を描いた勇ましいもの。いまの平和な手遊び歌からは、とても同じメロディとは思えません。同じ一つの旋律が、雅な唱歌にも、勇ましい軍歌にも姿を変えたというのは、この曲の歩んだ時代の激しさをそのまま映しているようです。

④童謡「むすんでひらいて」(1947年)

そして第二次世界大戦の終戦から二年後、1947年(昭和22年)のことです。小学一年生向けにつくられた音楽教科書「一ねんせいのおんがく」に、現在の「むすんでひらいて」の歌詞(作詞者不詳)がつけられて登場しました。これが、いま私たちが知っている姿です。

戦争の時代が終わり、勇ましい軍歌だった旋律が、ふたたび子どものための平和な手遊び歌へと戻ってきた。そう考えると、この一曲の変遷は、日本の近代史そのものを小さくたどっているようにも見えてきます。

「むすんでひらいて」は怖い?囚人説など都市伝説の真相

インターネットでは「むすんでひらいて 怖い」といった言葉で検索されることがあります。よく語られる「怖い説」を、史実にもとづくものと、根拠のない俗説とに分けて、冷静に整理してみましょう。

囚人の拷問を歌ったという説(俗説)

もっとも有名なのが「握った手をむりやり開かせて釘を打つ、囚人の拷問を歌ったものだ」という説です。たしかに聞くとぞっとしますが、この説は出どころがはっきりせず、歴史的な史料の裏づけも見当たりません。信頼できる根拠のない俗説と考えてよいでしょう。

実は軍歌だったという説(こちらは史実)

一方で「実は軍歌だった」という説は、これまで見てきたとおり本当です。ただし注意したいのは、いまの童謡の歌詞そのものが軍歌なのではなく、あくまで同じ旋律が「戦闘歌」という軍歌にも使われた時期があった、という意味だという点です。今日の子どもが歌う歌詞に、物騒な意味はありません。

アメリカ版は「みんな死ぬ」から怖いという説(混同)

「アメリカ版はみんな死んでしまう怖い歌だ」という話も出回っています。これは同じ旋律を持つアメリカ民謡「Go Tell Aunt Rhody」の歌詞と、ゲーム「バイオハザード7」で使われた改変版とが混ざって生まれた誤解です。くわしくは次の章で紹介します。

怖いうわさの多くは根拠のない俗説ですが、軍歌だった過去だけは本当というのが、この歌のなんとも面白いところですね。

海外にもある「むすんでひらいて」と同じメロディの歌

同じ旋律を持つアメリカ民謡Go Tell Aunt Rhodyに歌われる灰色のガチョウ

ルソーの旋律は世界中に広まり、国や時代によってさまざまな歌詞で歌われてきました。日本の「むすんでひらいて」も、その大きな流れの一つなのです。代表的な海外版を紹介します。

Go Tell Aunt Rhody(アメリカ民謡)

アメリカでよく知られるのが「Go Tell Aunt Rhody(ロディーおばさんに言っといで)」です。「ロディーおばさんに言っといで、年取った灰色のガチョウが死んじゃったって」という、羽毛をとるために飼っていた老いたガチョウの死を知らせる、素朴で物悲しい歌です。

内容はさびしげですが、ゆったりした旋律から、アメリカでは子守歌としても親しまれてきました。2017年にカプコンが発売したゲーム「バイオハザード7 レジデント イービル」の主題歌に採用されたことで、あらためて世界の注目を集めた一曲でもあります。

Greenville と「ルソーの夢」(イギリス)

イギリスでは、この旋律が賛美歌「グリーンヴィル(Greenville)」として歌われてきました。1773年に牧師ジョン・フォーセットがつけた「Lord, dismiss us with Thy blessing」という歌詞が有名です。

さらに1812年ごろには、ピアニストのクラーマーがこの旋律をピアノ曲に編曲し、「Rousseau’s Dream(ルソーの夢)」という名で親しまれました。一つのメロディが、賛美歌にもピアノ曲にも、そして日本の手遊び歌にもなったわけです。

日本の童謡には、こうして海外のメロディが元になったものが少なくありません。同じように原曲が外国にある童謡について、以下の記事でもくわしく紹介しています。

「むすんでひらいて」に関するクイズとよくある質問

最後に、「むすんでひらいて」の知識をおさらいできるクイズと、よく聞かれる質問をまとめました。ここまで読めば、すべて答えられるはずです。

まるばつクイズ

第1問:「むすんでひらいて」の原曲を作曲したとされるのは、フランスの思想家ルソーである。まるかばつか。

答え:まる。「社会契約論」で知られるジャン=ジャック・ルソーが作曲したオペラ「村の占い師」が原曲とされています。

第2問:この旋律は、日本では明治時代に軍歌として歌われたことがある。まるかばつか。

答え:まる。1895年の軍歌集「大東軍歌」に「戦闘歌」として収められました。

第3問:現在の「むすんでひらいて」の歌詞には、作詞者としてルソーの名前が記されている。まるかばつか。

答え:ばつ。作曲はルソーとされますが、現在の童謡の歌詞は作詞者不詳です。1947年の教科書で新しくつけられました。

よくある質問(FAQ)

Q:作曲したのは本当にルソーですか。
A:通説ではフランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーが作曲したオペラ「村の占い師」が原曲とされています。ただし旋律の作者については異説もあります。

Q:「むすんでひらいて」は何番まであるのですか。
A:現在の童謡は基本的に一つの歌詞をくり返し、最後の「その手を〇〇に」の部分だけを上・下・頭・ひざなどに変えて遊びます。番号で厳密に分かれているわけではありません。

Q:軍歌の歌詞はいまも歌うのですか。
A:いいえ。軍歌「戦闘歌」は明治時代のもので、現在は歌われていません。いま歌われているのは1947年につけられた平和な手遊び歌の歌詞です。

まとめ:「むすんでひらいて」は時代と国境を越えた名曲

だれもが知る手遊び歌「むすんでひらいて」は、じつに数奇な歴史を歩んできた一曲でした。ポイントをふり返っておきましょう。

歌詞の意味は素直で、「むすんで=グー」「ひらいて=パー」「手を打って=拍手」と、そのまま手の動きを表しています。遊び方も、歌に合わせて手を動かし、最後に置く場所を変えるだけのシンプルなものです。

原曲は、フランスの思想家ルソーが作曲したとされるオペラ「村の占い師」。それが日本では、賛美歌「グリーンヴィル」、唱歌「見わたせば」、軍歌「戦闘歌」と姿を変え、戦後の1947年にようやく現在の童謡「むすんでひらいて」になりました。

「怖い」とうわさされる囚人の拷問説などは根拠のない俗説ですが、軍歌として歌われた時代があったことだけは、まぎれもない史実です。そして海外では、アメリカ民謡「Go Tell Aunt Rhody」やイギリスの「ルソーの夢」として、同じ旋律がいまも歌いつがれています。

何気なく歌っていた手遊び歌が、時代も国境も越えて歌いつがれてきたと知ると、次に歌うときの気持ちが少し変わりそうですね。