「待ちぼうけ、待ちぼうけ」というリズミカルな歌い出しで知られる童謡「待ちぼうけ」。一度は耳にしたことがある方も多いはずですが、この歌が中国の古典『韓非子(かんぴし)』に伝わる故事から生まれたことをご存じでしょうか。
畑仕事をしていた農夫が、切り株にぶつかって死んだ兎(うさぎ)を偶然手に入れます。味をしめた農夫は、鍬(くわ)を捨てて毎日切り株の前で兎を待ち続け、とうとう畑を荒らしてしまうのです。歌詞をたどると、そこには「棚ぼたの幸運にすがると身を滅ぼす」という、大人にこそ刺さる教訓が隠されています。
この記事では、「待ちぼうけ」の歌詞全文と一番ずつの意味、由来となった韓非子の故事「守株待兎(しゅしゅたいと)」の原文、そして意外な成立の背景まで、まるごと徹底解説します。実はこの歌、日本国内ではなく満州(現在の中国東北部)で生まれた唱歌でした。

目次
待ちぼうけの歌詞全文(作詞・北原白秋/作曲・山田耕筰)

歌に登場する野うさぎ。この一匹が、まじめだった農夫の運命を大きく狂わせていきます。
まずは「待ちぼうけ」の歌詞を全文見てみましょう。作詞は詩人の北原白秋(きたはらはくしゅう)、作曲は「日本近代音楽の父」とも呼ばれる山田耕筰(やまだこうさく)。1924年(大正13年)に発表された、5番まである物語仕立ての歌です。
1番
待ちぼうけ 待ちぼうけ
ある日せっせと 野良稼ぎ(のらかせぎ)
そこへ兎(うさぎ)が飛んで出て
ころり転げた 木の根っこ
2番
待ちぼうけ 待ちぼうけ
しめた これから寝て待とうか
待てば獲物(えもの)は 駆けてくる
兎ぶつかれ 木の根っこ
3番
待ちぼうけ 待ちぼうけ
昨日(きのう)は鍬取り(くわとり) 畑仕事
今日は頬づゑ(ほおづえ) 日なたぼこ
うまい切り株 木の根っこ
4番
待ちぼうけ 待ちぼうけ
今日は今日はで 待ちぼうけ
明日(あす)は明日はで 森の外(そと)
兎待ち待ち 木の根っこ
5番
待ちぼうけ 待ちぼうけ
もとは涼しい 黍畑(きびばたけ)
いまは荒野(あれの)の 箒草(ほうきぐさ)
寒い北風 木の根っこ
「野良稼ぎ」「頬づゑ」「黍畑」など、いまではあまり使わない言葉が並びます。次の章で一番ずつ現代語に置きかえながら、物語の流れと意味を読み解いていきましょう。
待ちぼうけの歌詞の意味を一番ずつ解説
「待ちぼうけ」の歌詞は、一人の農夫が転落していく様子を5つの場面で描いた、いわば5コマの物語です。まじめな働き者が、たった一度の幸運をきっかけに身を持ちくずしていく流れを追ってみます。
1番:偶然ころがりこんだ幸運
ある日、農夫がせっせと畑仕事に精を出していると、一匹の兎が飛び出してきて、勢いあまって木の根っこ(切り株)にぶつかり、ころりと転がって死んでしまいました。労せずして立派な獲物が手に入った、というのがこの歌のはじまりです。
ここでの農夫はあくまで「せっせと野良稼ぎ」をしている働き者です。幸運は、まじめに働いていた人のもとに偶然おとずれた、ただのラッキーな出来事でした。
2番:「これは楽ができるぞ」と味をしめる
棚ぼたの獲物を手にした農夫は、「しめた、これからは寝て待っていればいい」と考えます。待ってさえいれば、また兎のほうから駆けてきて切り株にぶつかってくれるはず。そう都合よく思いこんでしまうのです。
「兎ぶつかれ、木の根っこ」という一節には、労働をやめて幸運の再来だけをあてにする、農夫の甘い期待がよく表れています。
3番:鍬を捨てて日なたぼっこ
昨日までは鍬をにぎって畑を耕していた農夫も、今日は頬杖(ほおづえ)をついて日なたぼっこ。すっかり仕事をする気をなくしてしまいました。「うまい切り株」という表現には、あの切り株こそが自分に幸運を運んでくれる打ち出の小づちだ、と信じこんでいる様子がにじみます。
まじめな働き手が、みるみるうちに怠け者へと変わっていく転換点がこの3番です。
4番:来る日も来る日も待ちぼうけ
今日は今日で待ちぼうけ、明日は明日で森の外をながめて待ちぼうけ。兎を待って待って、ひたすら切り株の前で時間だけが過ぎていきます。しかし、二匹目の兎は二度とあらわれません。
「待ちぼうけ」という言葉が繰り返されるほど、農夫のむなしい時間の積み重ねが強調されていきます。
5番:畑は荒れ野に変わり果てる
かつては涼しい風のふく黍(きび)畑だった土地も、手入れをやめたいまでは、箒草(ほうきぐさ)ばかりが生い茂る荒れ野に変わってしまいました。そこへ吹きつけるのは冷たい北風。豊かだった畑を失い、農夫にはもう何も残っていません。
働くことをやめて幸運だけを待ち続けた結果、農夫はすべてを失いました。明るいメロディーとは裏腹に、なかなかにシビアな結末で歌は幕を閉じます。

待ちぼうけの由来は韓非子・五蠹篇の「守株待兎」

物語の鍵をにぎる「木の根っこ」、つまり切り株。ここに兎がぶつかったことが、すべての始まりでした。
「待ちぼうけ」のストーリーは、北原白秋の創作ではありません。もとになっているのは、中国戦国時代の思想家・韓非(かんぴ)が著した『韓非子』の「五蠹篇(ごとへん)」に記された「守株待兎(しゅしゅたいと)」という説話です。原文と書き下し文を見てみましょう。
原文(白文)
宋人有耕田者。田中有株。兎走觸株、折頸而死。因釋其耒而守株、冀復得兎。兎不可復得、而身爲宋國笑。
書き下し文
宋人(そうひと)に田を耕す者有り。田中(でんちゅう)に株(くいぜ)有り。兎走りて株に触れ、頸(くび)を折りて死す。因(よ)りて其の耒(すき)を釈(す)てて株を守り、復(ま)た兎を得んことを冀(こいねが)ふ。兎は復た得べからずして、身は宋国(そうこく)の笑ひと為る。
現代語に訳すと、次のような話です。宋の国に畑を耕す農夫がいました。畑の中に切り株があり、あるとき兎が走ってきて切り株にぶつかり、首の骨を折って死んでしまいます。そこで農夫は鋤(すき)を捨てて切り株を見張り、もう一度兎が手に入ることを願いました。しかし兎は二度と手に入らず、その農夫は宋国じゅうの笑いものになった、というものです。
「待ちぼうけ」の歌詞が、この故事をほぼそのままなぞっていることがよく分かります。切り株、飛び出す兎、鍬(鋤)を捨てて待ち続ける農夫。白秋は2000年以上前の中国の説話を、みごとに子ども向けのわらべ歌へと仕立て直したのです。
「守株待兎」の本当の意味と教訓
この故事から生まれた四字熟語が「守株待兎(しゅしゅたいと)」、あるいは略して「守株(しゅしゅ)」です。日本語の「株を守る」という言い回しもここから来ています。
ここで見落としてはいけないのが、韓非がこの説話を何のために書いたのか、という点です。韓非子の原文では、先ほどの話のあとに、次の一文が続きます。
今、先王(せんおう)の政(まつりごと)を以(もっ)て、当世(とうせい)の民を治めんと欲するは、皆守株の類なり。
つまり韓非は、「昔の理想的な王のやり方をそのまま今の世の中に当てはめて政治をしようとするのは、あの切り株を見張り続けた農夫と同じ愚かさだ」と言いたかったのです。時代が変われば政治のやり方も変えるべきだ、という法家(ほうか)思想の主張が、この寓話には込められていました。
ですから「守株待兎」は、単に「棚ぼたを待つ怠け者」を笑うだけの話ではありません。過去の成功体験や古いやり方に固執し、状況の変化に対応できないことへの戒めなのです。ビジネスの世界で「過去の成功に安住するな」と語られるとき、その根っこにあるのはまさにこの教訓だと言えます。

待ちぼうけは満州で生まれた唱歌だった

手入れを忘れた畑は、やがて雑草の生い茂る荒れ野に変わってしまいます。歌の5番で描かれる、もの寂しい光景です。
意外に知られていませんが、「待ちぼうけ」は日本国内向けに作られた歌ではありません。1924年(大正13年)、当時の満州(現在の中国東北部)に暮らす日本人の子どもたちのために編まれた「満州唱歌」の一つとして発表されました。
これは、満州にちなんだ格調の高い音楽教材がほしいという、現地の教育団体(満洲教育会)の依頼を受けて作られたものです。歌詞の5番に「黍(きび)畑」が登場するのも、きびの栽培がさかんだった満州の風土を反映したためと考えられています。ちなみに、もとになった韓非子の説話では農夫が育てていた作物の種類は特定されておらず、歴史的には粟(あわ)だったと推定されています。
満州で生まれた「待ちぼうけ」は、やがて日本国内にも紹介されます。戦前の倹約・勤勉をよしとする風潮とも相性がよく、「怠けず地道に働くことの大切さ」を説く歌として、広く愛唱されるようになりました。
NHK「みんなのうた」と待ちぼうけ
「待ちぼうけ」が世代を超えて親しまれるようになった背景には、テレビの存在があります。1973年(昭和48年)8月から9月にかけて、NHK「みんなのうた」で放送されたのです。
このときの歌はコーラスグループのダークダックス、編曲は若松正司、映像は人形アニメーションでした。じつはこの「待ちぼうけ」は、NHKの本部機能が千代田区内幸町から渋谷区神南へ移転してから、最初に制作された「みんなのうた」の曲としても知られています。
その後、長らく再放送されない「幻の回」となっていましたが、視聴者から映像を募る「みんなのうた発掘プロジェクト」によって映像が発見され、2016年2月におよそ42年半ぶりに再放送されました。古い唱歌が、こうして令和のいまも歌い継がれているのは嬉しいことです。

北原白秋と山田耕筰、名コンビが残した唱歌
「待ちぼうけ」を生んだのは、作詞・北原白秋と作曲・山田耕筰という、日本の童謡・唱歌史に残る黄金コンビです。二人がタッグを組んだ作品には、ほかにも次のような名曲があります。
- この道(「この道はいつか来た道」)
- からたちの花(「からたちの花が咲いたよ」)
- ペチカ(「雪の降る夜はたのしいペチカ」)
興味深いのは、このうち「ペチカ」もまた、「待ちぼうけ」と同じ満州唱歌の一つとして作られたという点です。ペチカ(暖炉)という言葉自体、寒さの厳しい満州の暮らしに根ざしたものでした。白秋と耕筰の名コンビは、遠い満州の地で日本の子どもたちが口ずさむ歌を、いくつも書き残していたのです。
北原白秋は、ほかにも数多くの童謡を手がけています。同じ白秋作詞の子守唄については、以下の記事でも詳しく紹介しています。
待ちぼうけに関するよくある質問
Q. 待ちぼうけはどこの国の話ですか?
物語の舞台は古代中国の宋(そう)という国です。中国戦国時代の思想家・韓非が著した『韓非子』の「守株待兎」という説話がもとになっています。ただし歌そのものは、日本人の北原白秋が作詞し、山田耕筰が作曲した日本の唱歌です。
Q. 待ちぼうけの歌詞は何番までありますか?
5番まであります。1番で偶然兎が手に入り、2番・3番で農夫が仕事をやめて味をしめ、4番で待ち続け、5番で畑が荒れ果てるという、起承転結のはっきりした物語構成になっています。
Q. なぜ歌詞に「きび畑」が出てくるのですか?
「待ちぼうけ」が満州に住む日本人の子ども向けの唱歌として作られたためです。きびの栽培がさかんだった満州の風土を反映して、5番に黍畑が登場すると考えられています。
Q. 「待ちぼうけ」と「守株待兎」は同じ意味ですか?
由来は同じ故事です。ただし、日常語としての「待ちぼうけ(を食う)」は「約束した相手が来ず、むなしく待たされること」を指すのが一般的で、「守株待兎(古いやり方に固執する愚かさ)」とはニュアンスがやや異なります。歌の「待ちぼうけ」は、両方の意味を重ねた味わい深い題名だといえます。
まとめ:待ちぼうけは大人にこそ響く教訓の歌
童謡「待ちぼうけ」は、中国の古典『韓非子』の「守株待兎」を下敷きに、北原白秋と山田耕筰が満州唱歌として作りあげた作品です。切り株にぶつかった兎という一度きりの幸運にすがり、働くことをやめた農夫が、最後にはすべてを失うという物語でした。
その根っこにあるのは、「過去の成功や偶然の幸運に固執せず、時代の変化に合わせて動き続けよ」という、韓非の鋭い教訓です。子ども向けの軽快なメロディーの奥に、大人になってから聞くとハッとさせられる深いメッセージが隠されています。
次にこの歌を耳にしたときは、ぜひ農夫の切り株を思い出してみてください。自分が「うまい切り株」の前で待ちぼうけを食っていないか、ちょっと立ち止まって考えるきっかけになるかもしれません。


