フォークダンスの定番曲12選!マイムマイム・オクラホマミキサーの意味や由来から運動会の歴史まで解説

フォークダンスの定番曲12選 マイムマイムの意味から運動会の歴史まで

運動会の最後、夕暮れのグラウンドで手をつないで輪になって踊ったフォークダンス。「マイム・マイム」の盛り上がりや、気になるあの子と手が触れた一瞬のドキドキを覚えている方も多いのではないでしょうか。

でも、あの曲が何という名前で、どこの国の、どんな意味を持つ歌なのかまでは、意外と知らないまま大人になった人がほとんどです。

この記事では、フォークダンスの定番曲を12曲とりあげ、曲名の意味や由来、踊りの特徴を国別にひとつずつ解説します。さらに、なぜ日本の運動会でフォークダンスが踊られるようになり、そして近年ほとんど見かけなくなったのか、その歴史と背景まで掘り下げていきます。

あの頃は意味も知らずに踊っていましたが、由来を知ると「そういう歌だったのか」と何度も驚かされますよ。

そもそもフォークダンスとは?意味と起源をやさしく解説

手をつないで輪になって踊るフォークダンスの様子

フォークダンス(folk dance)の「フォーク(folk)」は、英語で「民衆」「庶民」を意味する言葉です。つまりフォークダンスとは、世界各地の人々の暮らしの中で受け継がれてきた「民衆の踊り」の総称を指します。

その起源は、お祭りや収穫のお祝い、季節の行事などで、人々が一緒に踊って喜びを分かち合ったことにあるとされています。特定の有名な振付家が作ったものではなく、地域の共同体の中で自然に生まれ、世代から世代へと伝えられてきたのが大きな特徴です。だからこそ、国ごとに振付も衣装もまったく違う、個性豊かな踊りがそろっています。

日本に伝わったフォークダンスには、大きく分けて3つの入り方があります。アメリカ経由で入ってきたもの、現地から講師を招いて導入したもの、そして日本人が海外で学んで持ち帰ったものです。運動会でおなじみの曲の多くは、戦後にアメリカ経由で広まったものでした。

ワンポイント
「フォーク」と聞くとフォークソング(民謡)を思い浮かべる人もいますが、語源は同じ「folk(民衆)」です。民衆の歌がフォークソング、民衆の踊りがフォークダンス、と覚えると分かりやすいですね。

フォークダンスの定番曲12選!曲名の意味と由来を国別に解説

民族衣装でフォークダンスを踊る人々

ここからは、日本の学校や運動会、キャンプファイヤーで親しまれてきたフォークダンスの定番曲を12曲、国別に紹介します。何気なく踊っていたあの曲に、こんな意味や物語が隠れていたのかと、きっと驚くはずです。

1. マイム・マイム(イスラエル)

フォークダンスといえばまずこの曲、という方も多い「マイム・マイム」。イスラエル生まれの曲で、ヘブライ語の「マイム(mayim)」は「水」を意味します。つまり「マイム・マイム」とは「水、水」と水を呼ぶ歌なのです。

歌詞は旧約聖書「イザヤ書」12章3節の「あなたがたは喜びをもって、救いの井戸から水をくむ」という一節がもとになっています。砂漠のように乾いた土地を耕した入植者たちが、ついに水脈を掘り当てた喜びを表現した踊りだと伝えられています。作曲はエマヌエル・アミラン、振付は1937年にエルス・ダブロンが手がけたとされます。

輪になって中心へ一気に駆け寄り、また後ろへ下がるあの動きは、井戸から水が湧き出る喜びそのものを表しています。意味も知らずに盛り上がっていたあの高揚感には、ちゃんと理由があったのですね。

2. オクラホマ・ミキサー(アメリカ)

二人一組で輪になり、次々と相手を替えていく「オクラホマ・ミキサー」。原曲はアメリカ南部に古くから伝わる民謡「ターキー・イン・ザ・ストロー(わらの中の七面鳥)」です。

実は「オクラホマ・ミキサー」という名前は日本独自の呼び方で、本場アメリカでこの名前を言ってもまず通じません。なぜ「オクラホマ」と付いたのか、その由来をはっきり説明できる資料は残っておらず、和製の名称というのが実情です(諸説あり)。日本語の訳詞『わらのなかの七面鳥』も広く親しまれてきました。

「ミキサー」とは、踊りながらパートナーをどんどん交代していく形式のことを指します。だからこそ「次は誰と組むんだろう」というドキドキが生まれ、運動会の名物になったわけです。

あの「オクラホマミキサー」が和製の名前だったとは。海外で言っても伝わらないので、旅行先でうっかり口にしないよう注意です。

3. コロブチカ(ロシア)

軽快にテンポが上がっていく「コロブチカ」は、ロシア生まれの曲です。ロシア語で「行商人」を意味し、詩人ネクラーソフが1861年に雑誌『現代人』に発表した同名の詩がもとになっています。行商人と娘の値段の駆け引きを、恋のやりとりになぞらえた内容です。

この曲には驚きの雑学があります。ゲームボーイ版『テトリス』(1989年)で作曲家の田中宏和さんがこの曲を編曲してBGMに採用し、世界中で「テトリスのテーマ」として知られるようになりました。2002年以降は、テトリスのほぼ全バージョンにこの曲が収録されているほどです。

フォークダンスの定番曲が、世界的ゲームの代表曲になっているというのは面白いですね。テトリスのあのメロディを思い浮かべながら踊ると、また違った楽しさがあります。

4. ジェンカ(フィンランド)

前の人の肩や腰に手を置き、一列になって進んでいく「ジェンカ」。フィンランド生まれの踊りで、「列になって踊ろう」という意味があるとされています。両足を左右に振り出してから、後ろへ2回・前へ1回とジャンプしながら、列ごと前進していくのが特徴です。

1963年に発表された「レットキス(Letkis)」はラウノ・レティネンの作曲で世界的に大流行しました。日本では1966年に永六輔が日本語の詞を付け、坂本九さんが「レット・キス(ジェンカ)」として歌い、レコードの売上が60万枚を超える大ヒットになりました。

「ジェンカ」「レットキス」と名前が入り混じっているのも面白いところ。みんなで列になって電車ごっこのように踊れるので、キャンプファイヤーでも大人気の曲でした。

5. タタロチカ(ロシア/タタール)

「タタロチカ」は、ロシアのタタール地方の踊りとして紹介されるフォークダンスです。腕を伸ばして手首を外側へ折るような東洋的な手の動きと、スラブらしい力強い足さばきが組み合わさっています。

振付は比較的やさしく、初心者でも踊りやすいのが魅力です。踊りの中で出てくる掛け声「ヤクシー」は、タタール語で「良い」「素晴らしい」という意味で、ロシア語の「ハラショー」にあたる言葉だと言われています。

6. ドードレブスカ・ポルカ(チェコ)

陽気でにぎやかな「ドードレブスカ・ポルカ」は、チェコのフォークダンスです。日本ではリコーダーや鍵盤ハーモニカで習う『山のポルカ』のメロディとしても親しまれています。

「ポルカ」は19世紀にヨーロッパで大流行した2拍子の舞曲で、語源はチェコ語で「半分」を意味する「プルカ」が有力とされています(諸説あり)。ペアでくるくると回ったあと、手拍子をしてパートナーを替えていく、ミキサー形式の楽しい踊りです。

7. キンダー・ポルカ(ドイツ)

「キンダー・ポルカ」はドイツ生まれの踊りです。「キンダー(Kinder)」はドイツ語で「子ども」を意味し、その名のとおり子ども向けに作られたフォークダンスです。

ペアで向かい合い、横に寄ったり戻ったりしながら、手拍子をしたり、自分の膝をたたいたり、人差し指を相手に振って「めっ」と叱るしぐさをしたりと、かわいらしい振付が次々に出てきます。「ポルカ」と付いていますが、難しいポルカのステップは入っていないので、小さな子どもでも安心して踊れます。

8. グスタフス・スコール(スウェーデン)

気品ただよう「グスタフス・スコール」は、スウェーデンの宮廷舞踊が起源の踊りです。曲名は「グスタフ王に乾杯」という意味で、スウェーデン国王グスタフ3世(在位1771年から1792年)にちなんでいます。詩人カール・ミカエル・ベルマンが1772年に作った曲がもとになっています。

2組4人が一組になって踊るのが基本で、一方のカップルが両手を上げてアーチ(門)を作り、もう一方のカップルがその下をくぐり抜けていく動きが見どころです。男女がていねいに会釈を交わす所作もあり、まさに王宮の舞踏会のような優雅さが味わえます。

9. オスロー・ワルツ(イギリス)

ゆったりとした3拍子が心地よい「オスロー・ワルツ」は、イギリス(スコットランド)発祥のワルツです。別名「サークル・ワルツ」とも呼ばれます。メロディに古いノルウェーの民謡が使われていることから、ノルウェーの首都オスローの名が冠されたと言われています。

相手を替えながら輪になって踊るミキサー形式で、優雅で落ち着いた雰囲気があります。そのため、ダンスパーティーやイベントの最後を締めくくる「ラストの曲」として使われることが多い一曲です。

10. パティケーク・ポルカ(アメリカ)

「パティケーク・ポルカ」は、ケーキの生地をこねるように両手をパチパチと打ち合わせるのが楽しいアメリカのフォークダンスです。イギリスのわらべ歌(マザーグース)の手遊び『パティケーク(Pat-a-cake)』が踊りの源流になったと考えられています。

パートナーと向かい合って手を打ち合わせ、リズムよく相手を替えていくミキサー形式の踊りです。手合わせ遊びの延長で楽しめるので、子どもにも大人にも人気がありました。

11. バージニア・リール(アメリカ)

「バージニア・リール」は、2列に向かい合って並び、先頭のカップルが列の間を進んでいくアメリカの踊りです。起源はスコットランドやイングランドのカントリーダンスにあり、それがイギリス移民によってアメリカのバージニア州に持ち込まれ、「バージニア・リール」と呼ばれるようになったとされています。アメリカでは1830年代から1890年代にかけて大流行しました。

この曲は日本のフォークダンスの歴史でも重要な役割を果たしています。後ほど詳しく紹介しますが、戦後の日本に最初にフォークダンスを伝えた人物が、長崎で最初に披露したのがこのバージニア・リールだったとされているのです(諸説あり)。

12. ラ・クカラチャ(メキシコ)

陽気なリズムで運動会でも人気だった「ラ・クカラチャ」。実はこの曲名、スペイン語で「ゴキブリ」という意味なのです。起源はスペインにありますが、1910年代のメキシコ革命の時代に流行し、今日では主にメキシコの曲として知られています。

歌詞の由来には、革命家パンチョ・ビリャの故障しがちな車をからかったものだなど、いくつもの説があり、はっきりしたことは分かっていません(諸説あり)。明るく楽しいメロディの裏に、こんな意外な意味と歴史が隠れていたのですね。

「ゴキブリ」という意味の曲で笑顔で踊っていたとは。知らないほうが幸せだった、と思った人もいるかもしれませんね。

日本の運動会に広まった歴史と「フォークダンスの父」ニブロ

運動会が行われる学校のグラウンド

今でこそ運動会の定番だったフォークダンスですが、いつ、どのようにして日本に広まったのでしょうか。その歴史をたどってみましょう。

実は戦前にも素地はありました。明治期には文部省が女子の師範学校で外国の踊りを教えるよう指導し、大正から昭和初期にかけては東京のYMCAでアメリカ人が指導していたという記録もあります。ただ、フォークダンスが全国に一気に広まったのは、やはり戦後のことでした。

その立役者が、アメリカ人のウィンフィールド・ニブロです。彼はGHQの民間情報教育局の教官として、また長崎軍政府の教育官として1946年から1948年まで日本に滞在しました。1946年(昭和21年)の秋、長崎で県の幹部との会食の余興をきっかけにフォークダンスを伝えたのが始まりとされ、このとき最初に披露したのが先ほどの「バージニア・リール」だったと言われています。

ニブロは各地で熱心に講習会を開き、やがて「日本のフォークダンスの父」と呼ばれるようになりました。彼がフォークダンスを広めた狙いは、ただの娯楽ではありません。男女が手を取り合って一緒に踊る体験を通じて、戦後の新しい価値観である民主主義や男女平等の精神を根づかせることにあったのです。

その後、フォークダンスは戦後初の学習指導要領(昭和24年・1949年)に盛り込まれ、学校教育に正式に取り入れられます。昭和28年には「外国のリズム遊びを楽しみながら、新しい男女関係の基礎をつくる」ものと位置づけられました。1956年(昭和31年)には日本フォークダンス連盟が創立され、会員約10万人・全国約50支部という一大組織へと発展し、フォークダンスは戦後日本の一大ブームになっていきました。

運動会では他にもさまざまな定番種目が生まれました。あわせて以下の記事もどうぞ。

なぜ今は運動会で踊られなくなったのか

かつて昭和の運動会の花形だったフォークダンスですが、今ではほとんど見かけなくなりました。その理由は一つではなく、いくつかの変化が重なった結果だと指摘されています(諸説あり)。

1. 学習指導要領の変化
1977年(昭和52年)の改訂で、フォークダンスは「表現運動」という枠の一要素へと位置づけが変わり、必修的な扱いが薄れていきました。近年のダンス教育では、創作ダンスやヒップホップなど「現代的なリズムのダンス」が主役になってきています。

2. 男女が手をつなぐことへの配慮
ジェンダーに対する意識の変化や、男女で手をつなぐこと・身体が触れ合うことに抵抗を感じる子どもへの配慮から、避けられるようになったという指摘があります。

3. 新型コロナ禍での接触回避
感染対策として人と人との接触を避ける流れの中で、手をつないで踊るフォークダンスは見直しの対象になりました。日本フォークダンス連盟も、感染症に対応するための活動指針を出しています。

4. 運動会そのものの時短・種目の精選
少子化やプログラムの短縮化が進む中で、限られた時間に合わせて種目がしぼり込まれ、フォークダンスが外れやすくなったという事情もあります。

さみしい気もしますが、時代に合わせて運動会のかたちも変わっていくのですね。あの思い出は、世代ならではの宝物かもしれません。
豆知識
フォークダンスが完全になくなったわけではありません。中学校では2012年度からダンスが必修になり、「創作ダンス」「現代的なリズムのダンス」と並んで「フォークダンス」も3つの領域の一つとして、今も学習内容に残っています。

踊りの雑学クイズ5問にチャレンジ

ここまで読んだあなたなら、もう立派なフォークダンス通のはず。記事の内容をおさらいできる雑学クイズに挑戦してみましょう。答えはすぐ下に隠れています。

第1問 イスラエルの曲「マイム・マイム」の「マイム」は、ヘブライ語で何という意味でしょう?

答え:水。「マイム・マイム」で「水、水」という意味になります。

第2問 「オクラホマ・ミキサー」の原曲となったアメリカ民謡のタイトルは何でしょう?

答え:ターキー・イン・ザ・ストロー(わらの中の七面鳥)。「オクラホマ・ミキサー」という名前は日本独自の呼び方です。

第3問 ゲーム『テトリス』のBGMにもなった、ロシア生まれのフォークダンス曲は何でしょう?

答え:コロブチカ。「行商人」という意味のロシア民謡です。

第4問 メキシコの曲「ラ・クカラチャ」は、スペイン語で何という意味でしょう?

答え:ゴキブリ。陽気なメロディからは想像できない意味ですね。

第5問 戦後の日本にフォークダンスを伝え、「日本のフォークダンスの父」と呼ばれたアメリカ人は誰でしょう?

答え:ウィンフィールド・ニブロ。1946年に長崎でフォークダンスを伝えたとされています。

フォークダンスのよくある質問(FAQ)

Q. フォークダンスとはそもそも何ですか?
A. 世界各地で受け継がれてきた「民衆の踊り」の総称です。お祭りや収穫のお祝いなどで、地域の人々が一緒に踊ってきたものが起源とされ、国ごとに振付や衣装が大きく異なります。

Q. なぜ運動会でフォークダンスを踊っていたのですか?
A. 戦後、男女が手を取り合って踊ることを通じて、民主主義や男女平等という新しい価値観を広める教育の一環として取り入れられたのが大きな理由です。その後、学習指導要領にも盛り込まれ、全国の学校に定着しました。

Q. 一番有名なフォークダンスの曲は何ですか?
A. 「マイム・マイム」と「オクラホマ・ミキサー」が二大定番としてよく知られています。どちらも運動会やキャンプファイヤーの締めくくりの定番でした。

Q. フォークダンスは今もやっているのですか?
A. 運動会で見かける機会は減りましたが、2012年度からの中学校のダンス必修の中に一領域として残っているほか、日本フォークダンス連盟のもとで全国に多くの愛好者がいます。

Q. 「オクラホマ・ミキサー」は海外でも通じますか?
A. 通じません。これは日本でつけられた和製の名称で、原曲は「ターキー・イン・ザ・ストロー(わらの中の七面鳥)」というアメリカ民謡です。

まとめ

フォークダンスの定番曲には、「水」を呼ぶマイム・マイムや「行商人」のコロブチカ、「ゴキブリ」という意外な意味のラ・クカラチャなど、それぞれの国の文化や物語が込められていました。意味を知ってから振り返ると、あの何気ない踊りがぐっと味わい深く感じられます。

歴史をたどれば、戦後にニブロが伝えたフォークダンスは、男女平等や民主主義を広める役割を担い、運動会やキャンプファイヤーの定番として日本中に親しまれてきました。

近年は運動会で踊られる機会こそ減りましたが、学校のダンス教育や全国の愛好者のもとで、フォークダンスは今も生き続けています。久しぶりにあの曲を聴いて、輪になって踊った日のことを思い出してみてはいかがでしょうか。

今度マイム・マイムを聴いたら、ぜひ「これは水を呼ぶ歌なんだよ」と誰かに教えてあげてくださいね。