「甲斐の虎」「越後の龍」「太陽王」「神の子」。歴史上の人物やスポーツ選手には、本名とは別に、その人物の強さや個性を一言で表す二つ名(ふたつな)・異名(いみょう)が付けられてきました。
たった数文字なのに、その人がどんな人物だったのかが鮮やかに伝わってくる。二つ名にはそんな不思議な力があります。読んでいるだけで胸が熱くなる、思わず使いたくなる、そんなかっこいい二つ名・異名を、戦国武将から世界の偉人、スポーツ選手まで全47個、由来エピソードつきで一気にご紹介します。

目次
二つ名・異名とは?通り名・渾名との違い
本題に入る前に、言葉の意味を軽く整理しておきましょう。二つ名とは、本名や正式な名称とは別に付けられる、その人物の特徴・能力・功績を端的に表した呼び名のことです。異名もほぼ同じ意味で使われます。
似た言葉に「通り名」「渾名(あだ名)」がありますが、ニュアンスにはちがいがあります。通り名は世間に通用している呼び名、渾名は親しみやからかいを込めた呼び名というイメージです。それに対して二つ名・異名は、敬意や畏怖が込められた格の高い呼び名という響きを持っています。
つまり「鬼の副長」は二つ名、「ヒジカタさん」はあだ名、というわけですね。それではさっそく、しびれるような二つ名の世界をのぞいていきましょう。
戦国武将のかっこいい二つ名・異名【日本の歴史人物】

二つ名といえば、やはり戦国武将。命のやり取りが日常だった時代だからこそ、強さや個性がそのまま異名になりました。まずは日本の歴史を彩った16人の二つ名・異名をご覧ください。
武田信玄「甲斐の虎」
甲斐国(現在の山梨県)を治めた名将で、その強さから「甲斐の虎」と恐れられました。「風林火山」の軍旗で知られ、生涯ほとんど負けなしの戦上手です。宿敵・上杉謙信との川中島の戦いは、虎と龍の対決として語り継がれています。
上杉謙信「越後の龍」
信玄を「虎」とするなら、こちらは「越後の龍」。軍神・毘沙門天を厚く信仰し、自らを毘沙門天の生まれ変わりと信じて戦に臨んだことから「軍神」とも呼ばれました。戦の強さは戦国随一とも言われます。
北条氏康「相模の獅子」
相模国(現在の神奈川県)を本拠に関東で覇を唱えた名君です。合戦に強いだけでなく、税制改革など内政の手腕も一流で、攻防両面の強さから「相模の獅子」とたたえられました。
伊達政宗「独眼竜」
幼いころに病で右目を失明し、隻眼の武将となりました。その姿と武勇を、隻眼の名将として知られた中国・唐の李克用になぞらえ「独眼竜」と呼ばれます。東北の覇者にふさわしい、戦国屈指の人気を誇る異名です。
織田信長「第六天魔王」
仏教を妨げる魔王の名を自ら名乗った、戦国一物騒な二つ名です。1573年、延暦寺の復興をにおわせ「天台座主沙門信玄」と署名してきた武田信玄への返信で、信長はあえて「第六天魔王信長」と署名したとフロイスの記録に残っています。
斎藤道三「美濃の蝮」
油売りの商人から身を起こし、策略の限りを尽くして美濃一国の大名にまで成り上がったと伝わります。その執念深くしぶといやり口から、噛みついたら離さない毒蛇になぞらえて「美濃の蝮(まむし)」と呼ばれました。
毛利元就「謀神」
正面からの力押しではなく、調略と謀略で中国地方の覇者へとのし上がった知将です。あまりの策士ぶりに、人々は畏敬を込めて「謀神(ぼうしん)」「謀将」と呼びました。三本の矢の逸話でも知られます。
島津義弘「鬼島津」
九州・薩摩の猛将で、朝鮮出兵や関ヶ原の戦いでの凄まじい奮戦から「鬼島津」と恐れられました。関ヶ原では敵中を正面から突破して退却する「島津の退き口」を敢行し、その武名を天下にとどろかせています。
前田利家「槍の又左」
若き日の通称「又左衛門」と、得意の槍を合わせた異名が「槍の又左(やりのまたざ)」です。長く重い槍を自在に操る名手で、織田信長配下の槍隊で頭角を現しました。のちに加賀百万石の祖となります。
本多忠勝「天下無双」
徳川四天王の一人で、生涯57回の合戦に出ながら一度もかすり傷ひとつ負わなかったと伝わる猛将です。名槍「蜻蛉切(とんぼきり)」を携えたその姿は、まさに「天下無双」「東国無双」の名にふさわしいものでした。
真田信繁(幸村)「日本一の兵」
大坂夏の陣で徳川家康の本陣に肉薄し、あと一歩まで追い詰めた伝説の武将です。敵方であった島津家の記録に「真田日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と記され、敵にまで賞賛された最強の異名となりました。
立花宗茂「西国無双」
九州・筑後の武将で、その武勇から「西国無双」とたたえられました。関ヶ原で西軍につき改易されながらも、実力を惜しまれ、のちに旧領へ大名として返り咲いた、戦国でも珍しい不屈の名将です。
森長可「鬼武蔵」
通称が「武蔵守」で、戦場での苛烈さと圧倒的な武勇から「鬼武蔵」と呼ばれました。鬼の名にふさわしい荒々しさで知られ、若くして数々の武功を挙げた猛将です。
加藤清正「虎退治」
豊臣秀吉子飼いの猛将で、賤ヶ岳の戦いでの活躍から「賤ヶ岳の七本槍」の一人に数えられます。朝鮮出兵の際に虎を退治したという逸話から「虎退治の清正」としても語り継がれ、築城の名手でもありました。
直江兼続「愛の武将」
上杉家を支えた名軍師で、兜の前立てに大きく「愛」の一字を掲げていたことで知られます。この「愛」は愛染明王や愛宕権現に由来するともいわれ、戦国武将らしからぬ意匠から「愛の武将」と親しまれています。
土方歳三「鬼の副長」
幕末の新選組で副長を務め、隊の規律をきびしく取り締まったことから「鬼の副長」と恐れられました。冷徹な組織運営で新選組を最強集団に育て上げた一方、写真に残る端正な容姿でも有名です。

世界の偉人・王のかっこいい二つ名・異名

二つ名・異名は日本だけのものではありません。世界の王や英雄たちも、しびれるような称号で呼ばれてきました。ここでは思わず憧れてしまう、かっこいい系の異名を10個ご紹介します。
リチャード1世「獅子心王」
12世紀イングランドの王で、第3回十字軍での勇猛果敢な戦いぶりから「獅子心王(ライオンハート)」と呼ばれました。戦場での勇気は敵であるイスラム側からも一目置かれたほどで、騎士道精神の象徴とされています。
ルイ14世「太陽王」
フランス絶対王政の絶頂を築いた王です。15歳のときにバレエ「夜のバレエ」で太陽神アポロンを演じたことが「太陽王(ル・ロワ・ソレイユ)」の由来とされ、すべては自分を中心に回るという絶対王政の象徴にもなりました。
アレクサンドロス3世「大王」
わずか20代でギリシャからインド近くまでまたがる大帝国を築いた古代マケドニアの王です。その比類なき功績から、ただ「大王(アレクサンドロス・ザ・グレート)」と呼ばれ、後世の英雄たちの憧れであり続けました。
チンギス・ハン「蒼き狼」
モンゴル帝国の創始者で、史上最大級の領土を打ち立てた英雄です。モンゴルの建国神話で始祖が「蒼き狼」とされたことにちなみ、彼自身もそう呼ばれるようになりました。草原を駆ける狼のイメージが似合う征服者です。
ピョートル1世「大帝」
ロシアを西欧式に近代化し、大国への礎を築いた皇帝です。自ら身分を隠して西欧へ留学し、造船技術まで学んだ熱意と功績から「大帝(ピョートル・ザ・グレート)」とたたえられました。2メートルを超える大男だったとも伝わります。
フリードリヒ2世「大王」
18世紀プロイセンの王で、卓越した軍事の才と啓蒙的な政治を両立させました。フルートを愛し哲学を語る一方、戦場では無類の強さを誇ったことから「大王(フリードリヒ・デア・グローセ)」と呼ばれています。
スレイマン1世「壮麗王」
オスマン帝国の最盛期を築いた皇帝です。華やかな宮廷文化と広大な版図から、西欧からは「壮麗王(マグニフィセント)」、国内では法整備の功績から「立法者(カーヌーニー)」と、二つの偉大な異名で呼ばれました。
ナポレオン・ボナパルト「コルシカの英雄」
フランス革命後の混乱からのし上がり、ヨーロッパの大部分を支配した軍事の天才です。地中海のコルシカ島出身であることから「コルシカの英雄」と呼ばれる一方、敵国からは畏怖を込めて「コルシカの怪物」とも呼ばれました。
サラディン「アイユーブ朝の英雄」
十字軍からエルサレムを奪還したイスラム世界の英雄です。敵にも寛大な騎士道精神で知られ、宿敵リチャード1世との攻防は中世を代表する名勝負として、洋の東西を問わず語り継がれています。
エカチェリーナ2世「大帝」
ロシアの領土を大きく広げ、文化を育てた女帝です。女性でありながらその功績の大きさから「大帝(エカチェリーナ・ザ・グレート)」と称され、ロシア史上「大帝」と呼ばれるのはピョートル1世と彼女だけとされています。
思わず震える…恐怖・不名誉な世界の異名
かっこいい異名がある一方で、人々の恐怖や皮肉が生んだ「ありがたくない異名」も存在します。こちらはこちらで、人間味があって面白いもの。背筋が寒くなる8つの異名をどうぞ。
イヴァン4世「雷帝」
ロシア初のツァーリ(皇帝)で、苛烈な恐怖政治を敷きました。その峻烈さから「雷帝(グロズヌイ)」と呼ばれ、敵にも身内にも容赦のない統治は、ロシアに恐怖の記憶を刻みました。
ヴラド3世「串刺し公」
15世紀ワラキア公国の君主で、敵を串刺しにする残虐な刑で知られ「串刺し公(ツェペシュ)」と呼ばれました。1462年には2万人もの敵兵を串刺しにし、その光景を見たオスマン軍が戦意を喪失したと伝わります。小説『吸血鬼ドラキュラ』のモデルの一人です。
アッティラ「神の災い」
5世紀に大帝国を築いたフン族の王です。ヨーロッパ各地を席巻したその猛威から、キリスト教徒たちは畏怖を込めて「神の災い」「神の鞭」と呼びました。神が人間を罰するために遣わした存在だ、というわけです。
ネロ「暴君」
ローマ帝国の皇帝で、ローマの大火やキリスト教徒への迫害などの逸話から、後世に「暴君」の代名詞となりました。芸術を愛する一面もありましたが、その評判の悪さは群を抜いています。
ジョン「欠地王」
12〜13世紀イングランドの王で、フランスにあった広大な領土を次々と失ったことから「欠地王(ラックランド)」「失地王」と呼ばれました。王としては不名誉ですが、その失政が結果的に憲章マグナ・カルタを生んだ点は皮肉です。
エゼルレッド2世「無策王」
10〜11世紀イングランドの王で、デーン人の侵攻に有効な手を打てなかったことから「無策王(アンレディ)」と呼ばれました。名前の「エゼルレッド(良き助言)」と「無策」をかけた、英語の言葉遊びにもなっている異名です。
ティムール「跛者」
中央アジアに大帝国を築いた征服者です。脚に障害があり足を引きずっていたことから「跛者ティムール(タメルラン)」と呼ばれました。苛烈な征服で恐れられた一方、文化を保護した一面も持っています。
カリグラ「ローマの暴君」
ローマ帝国の若き皇帝で、その奇行と暴政で知られます。愛馬を執政官に任命しようとしたという逸話が残るほどで、「暴君」の典型として今なお語られる存在です。

スポーツ選手のかっこいい二つ名・異名

二つ名は昔の人だけのものではありません。現代のスポーツ界にも、レジェンドたちのとびきりかっこいい異名があふれています。世界と日本のスーパースター13人の二つ名をご覧ください。
ペレ「サッカーの王様」
20世紀を代表するブラジルのサッカー選手で、ワールドカップ優勝3回という金字塔を打ち立てました。その圧倒的な実績から「サッカーの王様(オ・レイ)」と呼ばれ、いまもサッカー界の象徴であり続けています。
ディエゴ・マラドーナ「黄金の少年」
アルゼンチンが生んだ天才で、左足から繰り出す魔法のようなプレーから「黄金の少年(エル・ピベ・デ・オロ)」と呼ばれました。1986年ワールドカップでの「神の手」と「5人抜き」は、いまも語り草になっています。
リオネル・メッシ「蚤」
アルゼンチンの至宝で、小柄ながら俊敏に相手を抜き去るドリブルから「蚤(ラ・プルガ)」と呼ばれます。一見かわいい異名ですが、ピッチ上での働きはまさに無双。サッカー史上最高の選手の一人です。
ロナウド「怪物」
ブラジルの伝説的ストライカーで、規格外の身体能力と決定力から「怪物(オ・フェノメノ)」と呼ばれました。重なるケガを乗り越えてワールドカップ得点王に輝いた姿は、まさに怪物の名にふさわしいものでした。
マイケル・ジョーダン「エア」
NBAの歴史を変えたバスケットボールの神様です。空中で静止しているかのような滞空時間のダンクから「エア(His Airness)」と呼ばれ、彼のニックネームはそのままブランド名にもなりました。
モハメド・アリ「The Greatest」
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」の名言で知られる伝説のボクサーです。自ら「The Greatest(最も偉大な者)」と公言し、実際にそれを証明してみせました。リング内外で時代を象徴した人物です。
ウサイン・ボルト「稲妻」
人類史上最速を誇るジャマイカの短距離走者です。電光石火のスピードと、雷を放つような決めポーズから「稲妻(ライトニング・ボルト)」と呼ばれました。名字のボルト(稲妻)ともかかった、できすぎの異名です。
イチロー「安打製造機」
日米通算4000本以上の安打を放った、日本野球の至宝です。まるで機械のように正確にヒットを量産し続けたことから「安打製造機」と呼ばれました。メジャーでもその名を轟かせたレジェンドです。
王貞治「世界の本塁打王」
独特の一本足打法で通算868本塁打という世界記録を打ち立てた、日本プロ野球の伝説です。その記録の偉大さから「世界の王」「世界の本塁打王」と称えられました。
野茂英雄「トルネード」
背中を打者に見せるように大きくひねる独特の投球フォームから「トルネード(竜巻)」と呼ばれました。日本人大リーガーの先駆けとして海を渡り、メジャーで旋風を巻き起こした立役者です。
長嶋茂雄「ミスタープロ野球」
華のあるプレーと記憶に残る勝負強さで国民的な人気を誇った、巨人軍のスターです。プロ野球そのものを体現する存在として「ミスタープロ野球」、親しみを込めて「ミスター」と呼ばれ続けています。
タイガー・ウッズ「ゴルフ界の帝王」
ゴルフを世界的な人気スポーツへと押し上げたスーパースターです。圧倒的な強さで数々の記録を塗り替え、「ゴルフ界の帝王」と呼ばれました。幾度のスランプから復活する姿も多くの人を魅了しています。
ジネディーヌ・ジダン「ジズー」
エレガントなボールさばきで世界を魅了したフランスの名選手です。愛称「ジズー」で親しまれ、優雅なプレースタイルから「将軍」とも呼ばれました。監督としても数々のタイトルを獲得しています。
漫画・ゲームの二つ名と中二心をくすぐる魅力
二つ名がもっとも輝くのは、もしかすると創作の世界かもしれません。漫画やゲーム、アニメのキャラクターには、聞いただけでテンションが上がる二つ名が数多く登場します。
「麦わらのルフィ」のように外見の特徴を取った二つ名、能力や強さを表す二つ名、過去の因縁を背負った二つ名など、その付け方は実にさまざまです。物語が進むにつれてキャラクターが新たな二つ名を獲得していく演出は、ファンにとってたまらない瞬間でしょう。
こうした二つ名への憧れは、いわゆる「中二病」とも結びつきます。自分だけのかっこいい二つ名を考えてノートの隅に書いた経験、心当たりのある方も多いのではないでしょうか。次の章では、そんな自分だけの二つ名を作るためのコツをご紹介します。

かっこいい二つ名の作り方・付け方のコツ
自分やキャラクターの二つ名を考えてみたい。そんなときに役立つ、二つ名作りの5つのコツをまとめました。歴史上の名異名にも、実はこれらの法則が当てはまっています。
1. 能力や得意分野を象徴させる
もっとも王道なのが、その人の強みを表す言葉を選ぶ方法です。「槍の又左」「安打製造機」のように、何が得意なのかが一目で伝わる二つ名は説得力があります。まずは自分の一番の武器を言葉にしてみましょう。
2. 動物や自然のイメージを借りる
「虎」「龍」「獅子」「稲妻」など、強さや速さを連想させる動物・自然は二つ名の定番素材です。地名と組み合わせて「甲斐の虎」のようにすると、ぐっと風格が出ます。イメージの力を借りるのがコツです。
3. 漢字とひらがな・外国語の響きを意識する
同じ意味でも「太陽王」と「ル・ロワ・ソレイユ」では受ける印象が変わります。漢字は重厚に、外国語はスタイリッシュに響きます。声に出して読んだときの語感まで含めて選ぶと、完成度が上がります。
4. ギャップや意外性を盛り込む
「愛の武将」のように、戦国武将と「愛」という意外な組み合わせは強く印象に残ります。かわいい言葉と強さ、静と動など、相反する要素を一つにまとめると、忘れられない二つ名になります。
5. 背景にストーリーを持たせる
「独眼竜」も「日本一の兵」も、その裏にドラマがあるからこそ輝いています。なぜその二つ名なのか、という物語があると、ただの肩書きが一気に生きた言葉に変わります。由来を語れる二つ名こそ最強です。
まとめ・二つ名と異名の奥深い世界
戦国武将から世界の偉人、スポーツ選手まで、かっこいい二つ名・異名を47個ご紹介してきました。
「甲斐の虎」「太陽王」のように憧れるものもあれば、「無策王」「欠地王」のように少し気の毒なものもあります。
共通しているのは、どの二つ名にも、その人物が生きた証としての物語が刻まれているということです。たった数文字に人生が凝縮されている。それが二つ名・異名のいちばんの魅力なのだと思います。
お気に入りの二つ名は見つかりましたか。歴史や人物に興味がわいたら、ぜひ関連記事ものぞいてみてください。

二つ名・異名についてよくある質問(Q&A)
Q. 二つ名と異名とあだ名はどう違うのですか?
二つ名と異名はほぼ同じ意味で、その人物の特徴や功績を表す格の高い呼び名です。一方であだ名(渾名)は、親しみやからかいを込めた砕けた呼び名というちがいがあります。「軍神」は異名、「謙信さん」はあだ名、というイメージです。
Q. 自分で二つ名を付けてもいいのですか?
もちろん大丈夫です。記事で紹介した5つのコツを参考に、自分の得意分野や好きなイメージから考えてみてください。SNSのプロフィールや創作キャラクターにつけると、ぐっと個性が際立ちます。
Q. もっとも有名な二つ名は何ですか?
日本では伊達政宗の「独眼竜」や上杉謙信の「軍神」、世界ではルイ14世の「太陽王」やアレクサンドロス大王の「大王」などが特に有名です。どれも本名以上に知られているほど浸透しています。

