「夏も近づく八十八夜」という歌い出しを聞くと、多くの人が続きのメロディーを自然に口ずさめるのではないでしょうか。小学校で習い、二人一組の手遊び歌としても親しまれてきた唱歌『茶摘み(ちゃつみ)』です。
けれども、この歌に出てくる「八十八夜」がいつのことなのか、「あかねだすき」や「菅の笠」がどんなものなのか、さらには2番の「日本」がもともと別の言葉だったという説まで、意味をきちんと説明できる人は意外と多くありません。
この記事では、茶摘みの歌詞を1番・2番まるごと現代語訳し、八十八夜の由来、茶摘みの衣装の意味、手遊びのやり方、そして知る人ぞ知る「宇治田原ルーツ説」まで、まとめてやさしく掘り下げていきます。

目次
唱歌「茶摘み」とは?作者不詳の文部省唱歌

うねうねと緑の畝(うね)が続く茶畑。唱歌「茶摘み」は、こうした初夏の茶畑で茶を摘む情景を歌った作品です。
『茶摘み』は、1912年(明治45年)に刊行された教科書『尋常小学唱歌 第三学年用』に収められた唱歌です。いわゆる文部省唱歌で、当時の唱歌は国(文部省)が編纂したものだったため、作詞者・作曲者の名前は公表されませんでした。そのため今日にいたるまで、茶摘みの作者は不詳のままです。
この歌は一度、戦時中の1942年(昭和17年)の教科書からは姿を消しました。しかし戦後の1947年(昭和22年)に復活し、1992年(平成4年)からは小学3年生の音楽で全国共通にあつかう教材に位置づけられています。2007年(平成19年)には文化庁などが選んだ「日本の歌百選」にも選ばれ、世代を超えて歌い継がれてきました。

茶摘みの歌詞(全文)と現代語訳
まずは歌詞の全文を見てみましょう。もともとは歴史的仮名遣いで書かれています。
夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みぢやないか
あかねだすきに菅(すげ)の笠
二、
日和(ひより)つづきの今日このごろを
心のどかに摘みつつ歌ふ
摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
摘まにや日本(にっぽん)の茶にならぬ
現代語になおすと、およそ次のような意味になります。
1番は「夏が近づく八十八夜のころ、野にも山にも若葉が生い茂っている。あそこに見えるのは茶摘みではないか。茜色(あかねいろ)のたすきをかけ、菅の笠をかぶって」という初夏の情景です。
2番は「好天が続くこのごろを、のどかに歌いながら茶を摘んでいる。さあ摘め摘め、摘まなければならない。摘まなければ立派な日本の茶にはならないのだから」という、茶摘みの働きぶりを励ますような歌です。
【1番】「夏も近づく八十八夜」の歌詞の意味
1番の歌い出し「夏も近づく八十八夜」は、季節が初夏へ移り変わるころを指しています。八十八夜のあとには、暦のうえで夏の始まりとされる「立夏(りっか)」が控えています。「もうすぐ夏だなあ」という季節の実感が、この一句にこめられているのです。
「野にも山にも若葉が茂る」は、あたり一面が新緑につつまれた様子です。冬をこえた茶の木が、春の日ざしを浴びて生き生きと芽吹いていく季節感が伝わってきます。
「あれに見えるは茶摘みぢやないか」は、遠くの茶畑に茶摘みをする人影が見える、という描写です。歌い手が畑のそばを通りかかり、遠くの茶摘みの姿に目をとめている。そんな情景が浮かびます。

八十八夜とは?立春から88日目と「別れ霜」の意味
茶摘みを理解するうえで欠かせないのが「八十八夜(はちじゅうはちや)」です。八十八夜は、節分・彼岸・土用などと同じ雑節(ざっせつ)のひとつで、立春から数えて88日目にあたる日のこと。現在の暦ではおおむね5月1日から2日ごろ(うるう年は5月1日ごろ)にあたります。
昔から八十八夜は「八十八夜の別れ霜(わかれじも)」といって、この日を最後に遅霜(おそじも)が降りなくなる目安とされてきました。もっとも、実際にはこの時期を過ぎても霜が降りて作物を痛めることがあり、それは「八十八夜の泣き霜」と呼ばれます。農家にとって八十八夜は、種まきや田植えの準備、そして茶摘みを始める、大切な節目だったのです。
「八十八」という数字そのものも縁起がよいとされます。八・十・八の三文字を組み合わせると「米」という字になること、さらに「八」が末広がりであることから、豊作や幸福を願う数として親しまれてきました。とりわけ八十八夜に摘んだ新茶を飲むと、一年を無病息災で過ごせる、長生きできるという言い伝えは有名です。新茶が縁起物としてもてはやされるのは、この八十八夜との結びつきがあるからなのですね。
じつは、同じ初夏の情景を歌った唱歌はほかにもあります。卯の花やほととぎすを歌った「夏は来ぬ」も、あわせて読むと季節の言葉の面白さがいっそう深まります。
「あかねだすきに菅の笠」茶摘み衣装と一芯二葉の意味

菅の笠をかぶり、たすきをかけて茶を摘む女性たち。「あかねだすきに菅の笠」は、まさにこの姿を歌ったものです。
あかねだすき(茜襷)とは、茜色、つまり赤いたすきのことです。着物の長い袖(たもと)が作業の邪魔にならないよう、肩から掛けてたくし上げるための紐で、茶摘みや農作業の定番のいでたちでした。茜は根から赤い染料がとれる植物で、古くは止血などの薬草としても使われ、赤い色には魔よけの意味もあったといわれます。
菅の笠(すげのかさ)は、カヤツリグサ科のスゲという草を編んで作った笠です。強い日ざしや小雨から頭を守る、いわば茶摘みの日よけ帽子。茜のたすきに菅の笠という装いは、初夏の茶畑で立ち働く茶摘み娘の象徴的な姿でした。
ちなみに、八十八夜のころに摘まれる一番茶(新茶)は、手摘みでは「一芯二葉(いっしんによう)」といって、枝先の芽と、そのすぐ下の柔らかい2枚の葉だけをていねいに摘み取ります。いちばんおいしいところだけをつまむわけです。うまみ成分のアミノ酸が多く、若葉のすがすがしい香りが新茶の身上とされています。

【2番】「摘まにや日本の茶にならぬ」の歌詞の意味
2番は、茶摘みの働きぶりそのものを歌っています。
「日和つづきの今日このごろを」は、好天が続くこのごろ、という意味です。茶摘みは晴天が続くときに一気に進めたい作業なので、「よいお天気が続いてありがたい」という気持ちがにじみます。
「心のどかに摘みつつ歌ふ」は、のどかな気持ちで、歌を口ずさみながら茶を摘んでいる様子。じっさいに茶摘みの現場では、調子をそろえるための茶摘み歌が各地で歌われていました。
そして「摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ、摘まにや日本の茶にならぬ」。これは「さあ摘め、摘め、摘まなければならない。摘まなければ日本の茶にならないのだから」と、茶摘みを励ますリズミカルな掛け声です。同じ言葉を畳みかける歌い方が手を動かすテンポとぴったり合っていて、次に紹介する手遊び歌としても愛される理由になっています。
茶摘みの「日本」は元は「田原」だった?宇治田原ルーツ説

唱歌「茶摘み」が生まれた明治のころの茶摘み風景。当時の茶畑の空気を今に伝えています。
この2番の歌詞には、興味深い言い伝えがあります。一説によれば、茶摘みのもとになったのは京都・宇治田原(うじたわら)に伝わる茶摘み歌で、2番の「摘まにや日本(にっぽん)の茶にならぬ」は、もともと「摘まにや田原(たわら)の茶にならぬ」だったというのです。
宇治田原がなぜ茶と結びつくのか。じつはこの地は「日本緑茶発祥の地」と呼ばれています。江戸時代の宇治田原の篤農家・永谷宗円(ながたにそうえん)が、元文3年(1738年)、15年もの歳月をかけて「青製煎茶製法(あおせいせんちゃせいほう)」を完成させました。宗円58歳のときのことといわれます。
それまでのお茶は、茶葉を煮出して飲む「煎じ茶」が中心で、色も味も今の緑茶とはずいぶん違うものでした。宗円の製法によって、鮮やかな緑色で香り高い、急須にお湯を注いで飲む現在の煎茶が生まれます。この製法はやがて全国へ広がり、今日の日本緑茶の礎になりました。お茶漬けなどでおなじみの永谷園の創業者は、この永谷宗円の子孫にあたります。
ただし、茶摘みは作者不詳の文部省唱歌ですから、「田原」が「日本」に変わったという話にはっきりした証拠があるわけではありません。あくまで、緑茶発祥の地・宇治田原に伝わるロマンあふれる「説」として楽しむのがよいでしょう。それでも、何気なく歌ってきた「日本の茶」の一句に、こんな物語がひそんでいるかもしれないと思うと、茶摘みがぐっと味わい深く感じられます。

茶摘みの手遊びのやり方(せっせっせーのよいよいよい)
茶摘みは、二人一組で向かい合って行う手遊び歌としても広く親しまれてきました。「せっせっせーのよいよいよい」で始める、あの遊びです。基本的なやり方を紹介します。
まず、二人で向かい合い、両手をつなぎます。「せっせっせーのよいよいよい」で、つないだ手を上下に大きく振ります。ここまでが導入部分です。
続く「夏も近づく八十八夜」からは、次の動きをリズムに合わせてくり返します。
- 自分の両手を1回たたく
- 相手と右手どうしを合わせてたたく
- もう一度、自分の両手を1回たたく
- 相手と左手どうしを合わせてたたく
この「自分の手 → 相手と片手 → 自分の手 → 相手と逆の手」を、歌詞に合わせてテンポよくくり返していきます。歌が進むほどスピードが上がっていくので、うまく合わせられるかどうかがこの遊びの楽しさです。手を打ち合わせる動きは、茶葉を摘む手つきをまねたものだともいわれています。
なお、振り付けは地方や幼稚園・保育園によって少しずつ違います。ここで紹介したのはもっとも一般的な形なので、地域のやり方に合わせてアレンジしてかまいません。

唱歌「茶摘み」にまつわるQ&A
最後に、茶摘みについてよくある疑問をまとめました。
Q. 八十八夜は毎年いつですか?
A. 立春から88日目で、5月1日から2日ごろです。年によって1日ほど前後します。
Q. 茶摘みの作詞・作曲は誰ですか?
A. どちらも不詳です。文部省唱歌は国が編んだもので、作者名が公表されませんでした。
Q. 「茶摘み」は何年生で習いますか?
A. 1992年から、小学3年生の音楽の共通教材になっています。
Q. 読み方は「ちゃつみ」と「ちゃづみ」のどちらですか?
A. 唱歌の題名としては「ちゃつみ」と読むのが一般的です。
Q. 歌詞は何番までありますか?
A. 1番と2番の、あわせて2番までです。
まとめ:茶摘みは初夏の日本がつまった唱歌
唱歌「茶摘み」は、1912年に生まれた作者不詳の文部省唱歌です。「夏も近づく八十八夜」という一句だけで、初夏のみずみずしい季節感を呼び起こしてくれます。
八十八夜は立春から88日目、5月初めの「別れ霜」の時期。この日に摘む新茶は、無病息災を願う縁起物とされてきました。
「あかねだすきに菅の笠」は、初夏の茶畑で立ち働く茶摘み娘の姿。2番の「日本の茶」は、緑茶発祥の地・宇治田原の「田原の茶」だったかもしれない、というロマンある説も伝わっています。
手遊び歌としても親しまれ、歌って楽しく、意味を知るともっと味わい深い。茶摘みは、初夏の日本がまるごとつまった一曲だといえるでしょう。新茶をいれた湯のみを片手に、口ずさんでみてはいかがでしょうか。

この記事は、次の資料を参考にしました。

