「あめあめ ふれふれ かあさんが……」。雨の日になると、つい口ずさみたくなる童謡「あめふり」。日本人なら誰もが一度は歌ったことのある、大正時代生まれの名曲です。
でも、この歌に5番まで歌詞があることをご存じでしょうか。多くの人が知っているのは「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」の1番だけ。実はその先に、思わず心が温まる物語が隠されています。
さらにインターネット上では「3番以降を雨の日に歌うと怖いことが起きる」という都市伝説まで語られ、ちょっと謎めいた歌としても知られています。
この記事では、あめふりの歌詞を全文(1番〜5番)紹介しながら、その本当の意味、「じゃのめ」とは何か、作詞した北原白秋と作曲の中山晋平の由来、そして怖い都市伝説の真相まで、まるごとていねいに解説します。

目次
あめふり(童謡)の歌詞全文|作詞・北原白秋、作曲・中山晋平
まずは「あめふり」の歌詞を全文で見てみましょう。作詞は北原白秋、作曲は中山晋平。1925年(大正14年)に発表された、5番まである童謡です。
あめあめ ふれふれ かあさんが
じゃのめで おむかえ うれしいな
ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン
二
かけましょ かばんを かあさんの
あとから ゆこゆこ かねがなる
ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン
三
あらあら あのこは ずぶぬれだ
やなぎの ねかたで ないている
ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン
四
かあさん ぼくのを かしましょか
きみきみ このかさ さしたまえ
ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン
五
ぼくなら いいんだ かあさんの
おおきな じゃのめに はいってく
ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン
1番の「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」はあまりにも有名ですが、3番から急に別の登場人物が出てきて、物語が動き出すのがこの歌の面白いところです。1番ずつ、意味を追いかけていきましょう。
あめふりの1番・2番の歌詞の意味|雨がうれしい親子の情景

1番は、雨の日にお母さんが傘を持って迎えに来てくれる、その喜びを歌っています。「じゃのめで おむかえ うれしいな」。雨そのものより、お母さんが来てくれることがうれしくてたまらない、子どもの気持ちがまっすぐに伝わってきます。
ふつう雨は憂うつなものですが、この子にとっては「かあさんが迎えに来てくれる特別な日」。だから「あめあめ ふれふれ」と、もっと降ってもいいくらいの、浮き浮きした気分なのです。
2番の「かけましょ かばんを かあさんの」は、自分のかばんをお母さんの肩やうでに掛けてあげて、そのうしろについて歩く場面と読むのが自然です。「あとから ゆこゆこ かねがなる」で、どこかのお寺か教会の鐘の音が聞こえてきます。雨に濡れた道を、母のうしろをついて歩く。何でもない情景ですが、しあわせな空気に満ちています。
あめふりの本当の意味は3番から|柳の下で泣く子に傘を貸す物語

あめふりが「ただの雨の歌」で終わらないのは、3番からです。ここで新しい登場人物が現れます。
「あらあら あのこは ずぶぬれだ やなぎの ねかたで ないている」。柳の木の根もと(根方)で、傘もささずにびしょ濡れになって泣いている、別の子どもを見つけるのです。楽しかった帰り道に、ふと目に入ったその子。主人公の心が動きます。
4番、主人公はお母さんに提案します。「かあさん ぼくのを かしましょか」。自分の傘を、あの子に貸してあげてもいい、と。そして泣いている子に「きみきみ このかさ さしたまえ」と、自分の傘を差し出すのです。
では、傘を貸した自分はどうするのか。それが5番です。「ぼくなら いいんだ かあさんの おおきな じゃのめに はいってく」。ぼくは平気だよ、お母さんの大きな蛇の目傘に一緒に入っていくから、と。
つまりこの歌は、雨がうれしい子どもが、困っている子に自分の傘をゆずり、自分は母親の傘に相合傘で入って帰る、という「思いやり」の物語だったのです。1番だけでは決してわからない、やさしい結末が用意されています。

あめふりの「じゃのめ」とは?蛇の目傘と番傘・こうもり傘の違い

歌詞に2回出てくる「じゃのめ」。これは「蛇の目傘(じゃのめがさ)」のことです。和傘の一種で、傘の中央を白く丸く塗り残し、そのまわりを黒や紺、赤で太い輪のように塗ったものを指します。開くと真ん中の白い丸が蛇の目のように見えることから、この名前が付きました。江戸時代から広く使われてきた、日本の伝統的な雨具です。
和傘は大きく分けて「番傘」と「蛇の目傘」があります。違いを整理すると次のとおりです。
- 番傘(ばんがさ):厚い紙と太めの竹の骨で作った、じょうぶで安価な傘。持ち手は竹のまま。商家がお客に貸し出す際、屋号や番号を書き入れたことから「番傘」と呼ばれるようになったといわれます。
- 蛇の目傘(じゃのめがさ):番傘より骨が細く、柄に黒い漆を塗り、内側に飾り糸をあしらった、上品で華やかな傘。おもに女性が使い、番傘に比べて高級品でした。
「あめふり」でお母さんがさしているのが「大きな蛇の目」であることには、ちょっとした意味があります。番傘ではなく蛇の目傘。当時としては、少しよそゆきの、きちんとした傘でわが子を迎えに来た、というニュアンスが読み取れるのです。
ちなみに、金属の骨に布を張った洋傘(今のふつうの傘)は「こうもり傘」と呼ばれました。1854年にペリーが持ち込んだ黒い洋傘の形が、羽を広げたコウモリに似ていたことが由来とされます。あめふりが作られた大正時代は、和傘とこうもり傘が入り混じり、モダンガール(モガ)が洋傘を持ち歩くのがおしゃれとされた、ちょうど過渡期にあたります。

「おむかえ」は方言だった|初出「オムカヒ」に隠された北原白秋の工夫
実はこの「じゃのめで おむかえ」の「おむかえ」、初めて発表されたときは「オムカヒ」と書かれていました。作詞した北原白秋は、あめふりを作ったころ神奈川県の小田原に暮らしており、「おむかえ」がなまった「おむかい」という、東京方面の古い言い回しを日常的に使っていたといわれます。
白秋は、その耳になじんだ言葉づかいをそのまま童謡に取り入れました。子どもが実際にしゃべっているような、生きた響きを大切にしたのです。のちに教科書へ載せる際、より多くの子どもに通じるよう「おむかえ」と標準的な表記へ直されました。
4番の「きみきみ このかさ さしたまえ」という、少しあらたまった男の子どうしの言い方も、当時としては自然なもの。あめふりの歌詞には、大正の子どもたちの話し言葉がそのまま封じ込められているのです。
あめふりの「怖い都市伝説」の真相|3番以降を歌うと…は本当?
あめふりには、ネット上で語られる「怖い話」があります。いわく、「あめふりには5番まで歌詞があり、雨の日に3番以降を声に出して歌うと、少女の霊が現れる」というもの。母を亡くした少女の悲しみと嫉妬が歌に宿っている、といった尾ひれもついています。
結論から言えば、これはあくまでネット発の創作(都市伝説)です。作詞した北原白秋がそんな意味を込めた事実はどこにもありません。前半で見たとおり、3番以降は「泣いている子に傘を貸す」という、むしろ正反対のやさしい場面です。
なぜこうした怖い噂が広まったのでしょうか。おそらく、「実は5番まである」「後半はほとんど知られていない」という”隠された歌詞”の存在が、想像をかき立てたのだと考えられます。知らない歌詞ほど、不気味な物語を投影しやすいものです。同じように「かごめかごめ」や「通りゃんせ」にも数々の怖い解釈が生まれていますが、その多くは後世の創作にすぎません。
あめふりが本当に伝えているのは、恐怖ではなく思いやりです。怖い話として楽しむのは自由ですが、白秋が描いた原作の心はまったく逆だということは、知っておいて損はありません。

作詞・北原白秋と作曲・中山晋平|『コドモノクニ』と大正童謡の黄金期
あめふりを生んだ二人について、少しだけ紹介します。
作詞の北原白秋(きたはら はくしゅう/1885〜1942)は、福岡県柳川市の出身。「からたちの花」「この道」「待ちぼうけ」「ゆりかごのうた」など、数えきれないほどの名作童謡を残した、日本を代表する詩人です。
作曲の中山晋平(なかやま しんぺい/1887〜1952)は、長野県中野市の生まれ。「しゃぼん玉」「証城寺の狸囃子」「てるてる坊主」「あの町この町」など、童謡だけで800曲以上、判明しているものだけで生涯1800曲以上を作曲した、まさに大衆音楽の大家です。「カチューシャの唄」「東京音頭」といった流行歌も彼の作で、その親しみやすい旋律から「日本のフォスター」とも呼ばれました。
あめふりが載った『コドモノクニ』は、大正から昭和初期にかけて子どもたちに愛された絵雑誌です。鈴木三重吉の『赤い鳥』と並び、質の高い童謡や絵が次々と生まれた「大正童謡運動」の中心的な舞台でした。「あの町この町」「証城寺の狸囃子」「しゃぼん玉」も、中山晋平が関わった同じ時代の作品群です。
なお、白秋と組んだ作曲家は中山晋平だけではありません。「からたちの花」「この道」「待ちぼうけ」などは山田耕筰との名コンビによるものです。同じ白秋の詞でも、作曲家が変わると曲の表情がまるで違うのは、聴き比べの楽しみでもあります。
作曲した中山晋平の代表作について、以下の記事もあわせてどうぞ。
あめふりの擬音「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」の魅力
あめふりを一度聴いたら忘れられないのは、なんといっても「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」という繰り返しのおかげでしょう。
「ピッチピッチ」は細かい雨粒がはねる音、「チャップチャップ」は水たまりを踏む音、「ランランラン」は弾む心そのもの。三つの擬音を重ねることで、雨の情景と、子どものうきうきした足取りが同時に伝わってきます。言葉の音だけで絵が浮かぶ。これは言葉の魔術師と呼ばれた北原白秋ならではの技です。
中山晋平の曲も、この擬音を引き立てます。リズムがぴょんと弾む「シンコペーション」を効かせているのが特徴で、音程の正確さよりも軽やかさを大事に歌うと、雨の中を跳ねるように歩く楽しさがぐっと出ます。歌詞と旋律が一体となって、雨の日を「憂うつ」から「わくわく」に変えてしまう。あめふりが百年近く歌い継がれてきた理由が、ここにあります。
あめふり(童謡)のよくある質問|あめふりくまのことの違い・何番まで
最後に、あめふりについてよく検索される疑問をまとめておきます。
Q. あめふりは何番まであるの?
A. 5番まであります。よく知られているのは1番だけですが、3番から「傘を貸す」物語が展開する、全5番の構成です。
Q.「あめふりくまのこ」とは違う歌?
A. まったく別の歌です。「あめふり くまのこ〜」で始まる「あめふりくまのこ」は昭和生まれの童謡で、この記事の「あめふり」(あめあめ ふれふれ〜/北原白秋・中山晋平)とは作者も内容も異なります。タイトルが似ているため混同されがちですが、別の曲です。
Q. いつ、どこで発表されたの?
A. 1925年(大正14年)、絵雑誌『コドモノクニ』11月号で発表されました。作詞・北原白秋、作曲・中山晋平です。
Q. 有名な歌なの?
A. はい。1960年ごろまでにレコードが15万枚売れたほどの大ヒット曲で、2007年に選定された「日本の歌百選」にも選ばれています。
まとめ|あめふりは雨の日の「やさしさ」を歌った童謡
童謡「あめふり」を、あらためて振り返ります。
1番・2番は、お母さんが蛇の目傘で迎えに来てくれる、雨の日の喜びの情景でした。
3番からが本題で、柳の下で泣いている子に自分の傘を貸し、自分は母の大きな傘に入って帰るという、思いやりの物語が描かれます。
ネット上の「怖い都市伝説」は後世の創作で、白秋が込めたのは恐怖ではなく、やさしさでした。
「じゃのめ」や「おむかい」といった言葉には、大正時代の暮らしと子どもの話し言葉がそのまま息づいています。
雨の日にこの歌を口ずさむときは、ぜひ3番から先も歌ってみてください。憂うつな雨が、少しだけあたたかく感じられるはずです。


