「夕焼小焼の 赤とんぼ 負われて見たのは いつの日か」。日本人なら誰もが一度は口ずさんだことのある童謡「赤とんぼ」。夕暮れの空にすっと溶けていくような、あの切ないメロディーは、世代を超えて愛され続けています。
けれども、この歌詞の意味を正しく理解している人は、意外と少ないのです。「負われて」を「追われて」だと思っていませんか。「ねえや」を自分の姉だと思い込んでいませんか。実は、どちらもよくある勘違いなのです。

この記事では、赤とんぼの歌詞の全文とその本当の意味、作詞した三木露風(みきろふう)の切ない生い立ち、作曲した山田耕筰(やまだこうさく)のこだわり、そして「赤とんぼ」という虫の意外な正体まで、まるごと解説していきます。読み終えたころには、あの聞き慣れた歌がまったく違って聞こえるはずです。
目次
赤とんぼ(童謡)の歌詞全文とメロディー

「赤とんぼ」は、詩人・三木露風が作詞し、作曲家・山田耕筰が曲をつけた童謡です。詩が生まれたのは1921年(大正10年)、曲がついたのは1927年(昭和2年)のこと。まずは、四番までの歌詞の全文を見てみましょう。
一番
夕焼小焼の 赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か
二番
山の畑の 桑の実を
小籠に摘んだは まぼろしか
三番
十五で姐やは 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた
四番
夕焼小焼の 赤とんぼ
とまっているよ 竿の先
たった二行ずつ、全部でわずか八行の短い詩です。それなのに、ここには一人の少年の幼い日の記憶と、失われていく時間への郷愁が、ぎゅっと凝縮されています。一番から順番に、その意味をていねいにひもといていきましょう。
「負われて」の意味は「追われて」ではない
一番の「負われて見たのは いつの日か」。この「負われて」を「追われて」と勘違いしている人が、とても多いのです。
正しくは「(誰かに)背負われて」、つまりおんぶされて、という意味です。幼い露風が子守りの少女の背中におぶわれ、その背中越しに夕焼け空を飛ぶ赤とんぼを見た。それが「負われて見た」の情景なのです。赤とんぼに追いかけられているわけではありません。
ではなぜ、これほど誤解が広まったのでしょうか。ひとつは「おわれて」という音が「追われて」とも聞こえること。もうひとつは、歌詞に「赤とんぼ」という動くものが出てくるので、つい「赤とんぼに追われた」と絵を描いてしまうことです。
けれど本当は、背負われているのは作者自身で、赤とんぼはただ静かに夕空を舞っているだけ。とても穏やかで、あたたかい情景なのです。

赤とんぼの歌詞の「姐や(ねえや)」とは誰のこと?
三番の「十五で姐やは 嫁に行き」に出てくる「姐や(ねえや)」。これも「自分のお姉さん」だと思われがちですが、じつは違います。
「姐や」とは、三木家に住み込みで子守り奉公をしていた少女、つまり子どもの世話をするために雇われていた女中さんのことです。血のつながった姉ではありません。
作者の三木露風自身が、随筆『赤とんぼの思い出』のなかで、こう書き残しています。
「姐やとあるのは子守娘のことである。私の子守娘が、私を背に負うて広場で遊んでいた。その時、私が背の上で見たのが赤とんぼである」
ここで一番の「負われて」とつながります。露風を背負っていたのは、この姐や(子守娘)だったのです。一番の「負われて」と三番の「姐や」は、同じ一人の少女で結ばれている。歌詞全体が、一本の細い糸でつながっているのですね。

「十五で姐やは嫁に行き」が切ない理由
三番の全文は「十五で姐やは 嫁に行き お里のたよりも 絶えはてた」。この「十五で」を、露風が十五歳のときと読む人がいますが、それも誤解です。正しくは、姐や(子守娘)が十五歳で嫁に行った、という意味です。
昔は十五歳前後で嫁ぐことも珍しくありませんでした。幼い露風を毎日おんぶし、面倒を見てくれた姐やは、やがて奉公を終えて嫁いでいきます。
続く「お里のたよりも絶えはてた」は、その姐やの実家(お里)から届いていた便りさえも、すっかり途絶えてしまった、という意味です。
自分を可愛がってくれた姐やが去り、どこでどうしているのかも分からなくなってしまった。幼い日のぬくもりが、赤とんぼの記憶とともに遠ざかっていく。三番は、この歌のなかでいちばん切ない一節なのです。
赤とんぼの歌詞に出てくる情景の意味

「負われて」「姐や」以外のフレーズにも、味わい深い情景が描かれています。残りの言葉も見ておきましょう。
山の畑の桑の実を小籠に摘んだは
桑の実は、初夏に赤黒く熟す甘い木の実で、かつては子どもたちの格好のおやつでした。姐やと一緒に山の畑へ行き、小さな籠(小籠)にその桑の実を摘んだ。そんな幸せな日々は「まぼろしか」、つまり夢だったのだろうか、と大人になった露風が回想しているのです。
夕焼小焼の赤とんぼ
「夕焼小焼(ゆうやけこやけ)」は、夕焼けの空がだんだんと薄れて暮れていく様子を表す言葉です。一番と四番の両方で繰り返され、歌全体に郷愁の額縁をつけています。同じ情景で始まり、同じ情景で終わることで、思い出がやさしく包み込まれるのです。
とまっているよ竿の先
四番では、大人になった露風の目の前に、赤とんぼが現れます。それは竿の先にちょこんととまって、じっと動かない。遠い追憶から、そっと「いま」へと戻ってくる。静かで美しい結び方です。
「赤とんぼ」を作詞した三木露風の生涯
この詩を書いた三木露風(本名・操〈みさお〉)は、1889年(明治22年)、兵庫県の龍野町(現在のたつの市)に生まれました。
露風が五歳のとき、両親が離婚し、母は家を出ていきます。祖父に引き取られた露風は、母のいない寂しさのなかで、子守娘の姐やに育てられました。「赤とんぼ」に流れる深い郷愁と喪失感の源は、まさにこの幼少期の体験にあります。
詩が生まれたのは1921年(大正10年)、露風が三十二歳のときでした。当時、彼は故郷を遠く離れた北海道のトラピスト修道院で教壇に立っていました。北の地で、ふるさとの夕焼けと赤とんぼ、そして自分を背負ってくれた姐やを思い出し、この詩を書いたのです。同じ年、詩集『真珠島』に収められました。
露風は十七歳で処女詩集『夏姫』を、二十歳で代表作『廃園』を発表し、同時代の詩人・北原白秋と並んで「白露時代(はくろじだい)」と呼ばれた実力者でした。1964年に七十五歳で亡くなりましたが、故郷のたつの市には今も生家が保存されています。

童謡には、このように作者の実体験や隠された物語が込められたものが少なくありません。同じく作者の悲しみが投影されたとされる童謡について、以下の記事でも詳しく解説しています。
山田耕筰の作曲とメロディーの秘密
この詩に曲をつけたのは、日本を代表する作曲家・山田耕筰です。作曲は1927年(昭和2年)、詩の発表から六年後のことでした。
メロディーは「ヨナ抜き音階」と呼ばれる、五つの音(ドレミソラ)だけで作られています。西洋の音階から四番目のファと七番目のシを抜いたもので、日本人の耳にすんなりとなじむ、どこか懐かしい響きになります。
そして特筆すべきは、山田耕筰が日本語のアクセントに忠実に旋律を作ったことです。「赤とんぼ」を歌うとき、最初の「あ」の音がいちばん高くなります。これは「赤(あか)」を高く発音する当時のアクセント(頭高型)を、そのまま旋律に写し取った結果なのです。言葉の抑揚と音の高低をぴたりと合わせる。それが山田耕筰のこだわりでした。
一方で、冒頭のメロディーが、ドイツの作曲家シューマンのある楽曲の一節によく似ている、という指摘もあります。偶然の一致なのか、無意識のうちに影響を受けたのか。その真相は、今も謎のままです。
なお、山田耕筰が作曲したこの曲は、日本国内では2016年に著作権の保護期間が終わり、現在はパブリックドメイン(自由に利用できる状態)となっています。
赤とんぼ(アキアカネ)の生態と「赤とんぼ」の正体

最後に、歌の主役である「赤とんぼ」そのものについて。じつは、「赤とんぼ」という名前のトンボは存在しません。
「赤とんぼ」とは、秋に体が赤くなる「アカネ属」のトンボをまとめて呼ぶ愛称で、その代表格が「アキアカネ」です。ほかにナツアカネなども、赤とんぼの仲間に含まれます。
このアキアカネが、なかなか面白い生態の持ち主です。夏の暑い時期、平地の田んぼで羽化したアキアカネは、暑さを避けて涼しい山や高原へと移動し、いったん人里から姿を消します。いわば「避暑」に出かけるのです。
そして秋、気温が下がるころ、体を真っ赤に成熟させたアキアカネが、群れをなして再び平地へ戻ってきます。「秋茜(あきあかね)」という名前は、この秋の帰還に由来しています。
夕焼け空に赤とんぼが映える光景は、まさにこの秋の帰り道のひとコマ。露風が見た「竿の先」の赤とんぼも、避暑から戻ってきたアキアカネだったのかもしれません。

赤とんぼが愛される理由と評価
「赤とんぼ」は、数ある童謡のなかでも、日本人がとりわけ深く愛してきた一曲です。2007年(平成19年)には、文化庁と日本PTA全国協議会が選んだ「日本の歌百選」に選ばれました。
さらに、1989年(平成元年)にNHKがおこなった全国アンケートでは、「日本の愛唱歌」の第一位に輝いています。短い詩のなかに、故郷や母、幼い日のぬくもりへの、だれもが持つ普遍的な郷愁が凝縮されている。だからこそ、時代を超えて歌い継がれてきたのでしょう。
赤とんぼの歌詞に関するよくある質問
Q. 「赤とんぼ」の「負われて」の意味は?
A. 「背負われて(おんぶされて)」という意味です。「追われて(追いかけられて)」ではありません。
Q. 歌詞の「姐や(ねえや)」は作者のお姉さんですか?
A. いいえ。血のつながった姉ではなく、子守り奉公をしていた少女(女中)のことです。
Q. 「十五で」とは、誰が十五歳なのですか?
A. 作者ではなく、姐や(子守娘)が十五歳で嫁に行った、という意味です。
Q. 「赤とんぼ」という種類のトンボはいるのですか?
A. いません。秋に赤くなるアカネ属のトンボの総称で、代表はアキアカネです。
Q. 「赤とんぼ」の作詞・作曲は誰ですか?
A. 作詞は三木露風、作曲は山田耕筰です。詩は1921年、曲は1927年に作られました。
まとめ:赤とんぼの歌詞の意味を知って口ずさもう
童謡「赤とんぼ」は、ただの子ども向けの歌ではありませんでした。作者・三木露風の切ない幼少期と、遠い故郷への深い思いが込められた、一編の名詩だったのです。
「負われて」は、追われてではなく、背負われて。
「姐や」は、自分の姉ではなく、子守娘のこと。
「十五で」は、その姐やが嫁いでいった年齢。
一つひとつの言葉の意味を知ると、あの親しみ深いメロディーが、まったく違う深さをもって聞こえてくるはずです。
今度の夕暮れ、もし竿の先にとまる赤とんぼを見かけたら、意味を噛みしめながら、そっとこの歌を口ずさんでみてください。


