「峠」「榊」「凪」「辻」——日常でよく見かけるこれらの漢字、実は中国には存在しない日本生まれの漢字だということをご存じでしたか?
中国から輸入した漢字ではうまく表現できない日本独自の事物や感覚を、昔の日本人が漢字のパーツを組み合わせて新しく作った文字。これを「国字(こくじ)」または「和製漢字」といいます。
その数はじつに1,500〜2,600字あるとも言われており、常用漢字の中にも9字が国字として存在しています。
この記事では、日常でよく目にする代表的な国字を20字ピックアップして、それぞれの由来・読み方・意味・生活の中での使われ方を、大きな文字画像付きで徹底的に解説します。
国字の世界は、日本人が自然や暮らしをどう切り取ってきたかを映す鏡でもあります。「なぜ峠という字を作ったのか」「なぜ神の木には榊という字なのか」——読み終わる頃には、日本語の奥行きが一段深く見えるはずです。

そもそも国字とは? 日本人が発明した漢字
国字の定義
国字とは、中国の漢字を基にしつつ、日本で独自に作られた漢字のことを指します。「和字」「倭字」「皇朝造字」「和製漢字」などとも呼ばれます。
代表的な成り立ちは「会意(かいい)」と呼ばれる造字法で、既存の漢字のパーツを組み合わせて、その組み合わせ自体が意味を表すようにデザインされています。
たとえば「峠」は「山」+「上」+「下」で、山道の上りと下りが切り替わる地点=峠を表しています。意味がパーツの組み合わせから直感的に理解できる、非常に日本人的な発想の文字です。
国字の総数は1,500〜2,600字
国字の厳密な総数には定説がありませんが、文字辞典や国字研究家の集計によれば、およそ1,500〜2,600字が国字として確認されています。
このうち、常用漢字に含まれる国字は「働・畑・込・匂・塀・峠・枠・栃・搾」の9字と言われています。
ほかにも人名・地名で日常的に目にする「辻・榊・笹・凪・鰯・鱈・丼・匁」など、私たちが意識せずに使っている国字は実にたくさんあります。
国字の大きな特徴は「訓読みだけ」
中国由来の漢字は音読みと訓読みの両方を持ちますが、国字は原則として「訓読みしかない」のが特徴です。音読みは中国から輸入した発音なので、日本で作った文字には付与されようがないためです。
ただし「働(ドウ)」「塀(ヘイ)」など、例外的に音読みが後から生まれた国字もわずかに存在します。これらは中国漢字の音読みルールを参考にして後付けで作られたものです。
① 峠(とうげ)

読み方
訓読み:とうげ
成り立ちと意味
「山」と「上」「下」を組み合わせた会意文字。山を上って上りきって、ここから下りが始まる——そのちょうど境目が「峠」です。
「人生の峠」「仕事の峠を越えた」のように、物事の頂点やピークの比喩としても使われます。山の多い日本で、地形上の重要ポイントだからこそ文字にする必要があったのでしょう。
② 榊(さかき)

読み方
訓読み:さかき
成り立ちと意味
「木」+「神」という、ひと目で意味が分かる会意文字。神前に供える常緑樹を指し、神社の祭祀に欠かせない存在です。
「さかき」の語源には、「一年中葉が栄える木=栄木(さかえき)」「神の世界と人の世界の境に植える木=境木(さかいき)」の2説があります。いずれも日本独自の神道文化と密接に結びついた文字です。
③ 凪(なぎ)

読み方
訓読み:なぎ/なぐ
成り立ちと意味
「風」+「止」で「風が止まった状態」を表す会意文字。海辺の朝夕にふっと風がなくなり波が静まる瞬間を「朝凪(あさなぎ)」「夕凪(ゆうなぎ)」と呼びます。
島国で漁業・海運文化の深い日本ならではの、細やかな自然観察から生まれた字です。近年は「心が凪ぐ」など、心の静けさの比喩としても多用されます。
④ 辻(つじ)

読み方
訓読み:つじ
成り立ちと意味
「しんにょう(辶)」+「十」で、道が十字に交わる地点を表した会意文字。つまり「十字路」です。
「辻占(つじうら)」「辻説法」「辻斬り」など、中世日本の町の結節点という文化的イメージが色濃く残る文字でもあります。名字としても「辻さん」「辻村さん」など全国に分布しています。
⑤ 働(はたらく)

読み方
訓読み:はたら(く)/音読み:ドウ
成り立ちと意味
「人」+「動」で「人が動く=働く」。会意の発想そのままのストレートな国字です。
国字としては珍しく音読み(ドウ)も持っており、「労働」「稼働」「実働」など熟語でも活発に使われます。常用漢字にも入っていて、ほぼすべての日本人が日常的に書く国字の代表格です。
⑥ 畑(はたけ)

読み方
訓読み:はた/はたけ
成り立ちと意味
「火」+「田」の会意文字。水田に対して、焼畑で作る乾いた耕地を表します。
じつは同じ意味の国字に「畠(はた)」もあり、こちらは「白い田=土が白く乾いた田」という発想。両方とも現在も使われますが、「畑」のほうが標準的で、名字・地名のどちらにも登場します。

⑦ 鰯(いわし)

読み方
訓読み:いわし
成り立ちと意味
「魚」+「弱」の会意文字。イワシは水揚げするとすぐ弱って傷む魚という日本の漁師文化を反映したネーミングです。
漁業国の日本らしく、魚偏の国字は非常に多く、「鰯」はその代表格。節分の「柊鰯(ひいらぎいわし)」など、食文化・民俗とも密接に結びついています。
⑧ 鱈(たら)

読み方
訓読み:たら
成り立ちと意味
「魚」+「雪」の会意文字。冬の雪深い時期、特に北国で大量にとれる魚であることが字形に込められています。
鱈は身が白く雪に例えられたという説、雪の降る季節に旬を迎えるという説の両方が有力です。冬の日本海側の食文化と切っても切れない国字のひとつです。
⑨ 鰹(かつお)

読み方
訓読み:かつお
成り立ちと意味
「魚」+「堅」の会意文字。カツオの身が堅いこと、そして「鰹節(かつおぶし)」として乾燥させると石のように堅くなることが字形のもとになっています。
日本の出汁文化を支える鰹節の存在感を象徴する、食文化に深く根ざした国字です。
⑩ 丼(どんぶり)

読み方
訓読み:どんぶり/どん
成り立ちと意味
「井」の中に「丶(てん)」。井戸に物を落とした音「どんぶり」を表す擬音語由来の会意文字と言われています。
丼ぶり鉢は、まるで井戸のようにものを深く収めることから、この字が当てられたという説も。「牛丼」「天丼」「親子丼」など、日本を代表するB級グルメの記号として今も現役バリバリの国字です。
⑪ 躾(しつけ)

読み方
訓読み:しつけ
成り立ちと意味
「身」+「美」で「身を美しく飾る」という会意文字。礼儀作法を重んじる日本人の価値観がそのまま字形になっています。
室町時代に生まれたとされ、単なる規律ではなく「内面から美しくある」という日本の教育観そのものを体現する一字です。
⑫ 匂(におい)

読み方
訓読み:にお(い)
成り立ちと意味
「勹(つつむ)」に中が省略された形で、香りがふんわり漂うさまを表した国字です。中国漢字の「臭」とは別のニュアンスを求めて作られました。
常用漢字にも入っており、「匂い立つ」「匂やか」など、視覚的でなく感覚的な美しさを表現する繊細な言葉として現代日本語に根づいています。
⑬ 込(こむ)

読み方
訓読み:こ(む)/こ(める)
成り立ちと意味
「しんにょう(辶)」+「入」。道を通って中に入っていくイメージをそのまま字にした国字です。
常用漢字にも含まれており、「込む」「押し込む」「申し込む」など、日常のあらゆる動詞に付属する超実用的な国字。これが国字だと知ると驚く方が多いはずです。
⑭ 笹(ささ)

読み方
訓読み:ささ
成り立ちと意味
「竹」+「世」で、葉が世代を重ねてさらさらと音を立てる細い竹を表す国字。「小さな竹」を指します。
七夕の笹飾り、笹団子、笹舟など、日本の生活文化のあちこちに登場する植物で、文字にする必要があったのも納得です。
⑮ 鎹(かすがい)

読み方
訓読み:かすがい
成り立ちと意味
「金」+「送」で、材木と材木をつなぎとめる金属のとめ具を表す国字。木造建築文化の日本ならではの字です。
「子は鎹(こはかすがい)」ということわざで有名で、「夫婦の仲を子どもが鎹のようにつなぎとめる」という意味で使われます。文字は実用品、ことわざは人間関係の比喩という二重の深みがあります。
⑯ 椛(もみじ・かば)

読み方
訓読み:もみじ/かば
成り立ちと意味
「木」+「花」の会意文字。紅葉した木々を「山の花」に見立てた、非常に詩的な発想の国字です。
秋の紅葉を文字通り「山に咲く花」と捉える日本人の美意識がぎゅっと詰まっています。女性の名前「椛(もみじ)」ちゃんに使われることも多い美しい字です。
⑰ 颪(おろし)

読み方
訓読み:おろし
成り立ちと意味
「風」+「下」の会意文字。山から吹き下ろしてくる風を表した国字です。
「六甲颪(ろっこうおろし)」「赤城颪(あかぎおろし)」など、日本の山地地形と気候が生んだ独特の強風を指す言葉に使われます。阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」で有名ですね。
⑱ 裃(かみしも)

読み方
訓読み:かみしも
成り立ちと意味
「衣」+「上」+「下」を縦に組み合わせた会意文字。上下一対になった江戸時代の武士の正装(肩衣+袴)を一字で表しています。
「裃を着る」「裃をつける」という表現は、今でも「かしこまった様子」を表す比喩として使われます。江戸の武家文化を象徴する一字です。
⑲ 暫(しばらく)

読み方
訓読み:しばら(く)/ザン
成り立ちと意味
日本独特の時間感覚を表す字として広まりました(中国にも同字がありますが、用法と意味展開に日本独自性が強いグループに入ります)。
「暫定」「暫時」といった熟語のほか、歌舞伎の演目「暫(しばらく)」でも有名で、舞台で主役が「しばらぁぁく」と叫んで登場する名シーンがこの字の語源的イメージを今に伝えています。
⑳ 匁(もんめ)

読み方
訓読み:もんめ
成り立ちと意味
日本独自の重量単位「匁」を表す国字。1匁=3.75グラムで、尺貫法における小単位として使われていました。
現在はほとんど使われませんが、真珠の取引単位として現役で、国際的にも「monme」の表記で通用しています。「花いちもんめ」の童謡でも聞き覚えのある字ですね。
国字20選・一覧早見表
| 字 | 読み | 構成 | 意味・使われ方 |
|---|---|---|---|
| 峠 | とうげ | 山+上+下 | 山の上下の境/物事の頂点 |
| 榊 | さかき | 木+神 | 神前に供える常緑樹 |
| 凪 | なぎ | 風+止 | 風が止んで波が静まる |
| 辻 | つじ | 辶+十 | 十字路・道の交差点 |
| 働 | はたらく | 人+動 | 人が動く=働く |
| 畑 | はたけ | 火+田 | 焼畑で作る乾いた田 |
| 鰯 | いわし | 魚+弱 | すぐ弱って傷む魚 |
| 鱈 | たら | 魚+雪 | 雪の時期の白身魚 |
| 鰹 | かつお | 魚+堅 | 身が堅い魚 |
| 丼 | どんぶり | 井+丶 | 井戸の音/深い器 |
| 躾 | しつけ | 身+美 | 身を美しく飾る=礼儀 |
| 匂 | におい | 勹系 | 香り・雰囲気 |
| 込 | こむ | 辶+入 | 中に入る |
| 笹 | ささ | 竹+世 | 小さな竹 |
| 鎹 | かすがい | 金+送 | 材木をつなぐ金具 |
| 椛 | もみじ | 木+花 | 紅葉=山の花 |
| 颪 | おろし | 風+下 | 山から吹き下ろす風 |
| 裃 | かみしも | 衣+上+下 | 江戸武士の正装 |
| 暫 | しばらく | – | 短い時間(日本独自用法) |
| 匁 | もんめ | – | 重量単位3.75g |
国字から見えてくる日本人の発想パターン
自然現象を繊細に切り取る
「峠」「凪」「颪」「椛」のように、日本人は自然の微妙な状態変化を文字にするのが得意です。
特に風に関する字が多いのは、農耕と漁業のどちらにとっても風向・風速が死活問題だったからで、日々の暮らしで必要だった語彙がそのまま字になっていきました。
食文化・漁業文化の豊かさ
「鰯」「鱈」「鰹」「鮎」「鱚」など、魚偏の国字は圧倒的に多いです。
日本は周囲を海に囲まれ、魚種の多様性が世界有数。中国由来の漢字では細かい魚種を表現しきれなかったため、漁業と食文化のために大量の新字が必要とされたのです。
人の心や礼儀を字にする
「働」「躾」「匂」のように、行動や感覚を字にする発想は、日本独自の美意識を表しています。
特に「躾」は、日本人の「内面から美しくあれ」という教育観を一字で凝縮した、国字の中でも特に日本的な一字です。

国字にまつわるよくある質問
Q. 国字はどうして作られたのですか?
中国から輸入した漢字では、日本の風土・自然・生活にある概念を表現しきれない場合があったためです。
例えば「峠」のような地形、「榊」のような神道文化、「鰯・鱈・鰹」のような豊富な魚種は、中国の文献には対応する文字がほとんどなく、日本人が独自に作るしかありませんでした。
Q. 国字と音読みの関係は?
原則として国字には音読みがなく、訓読みのみです。これは音読みが中国語発音由来の読み方であり、日本で作った文字にはそもそも中国での発音が存在しないためです。
ただし「働(ドウ)」「塀(ヘイ)」「腺(セン)」など、後世に便宜的に音読みが追加された国字もわずかにあります。
Q. 人名で使える国字はありますか?
はい、多数あります。「辻」「榊」「凪」「椛」「笹」「畑」「畠」「鰯(例外的)」などは、人名・名字でも頻繁に使われます。
特に最近の子どもの名前で「凪(なぎ)」「椛(もみじ)」などの国字が人気を集めており、国字の持つ自然観や美意識が再評価されている印象です。
Q. 常用漢字の国字はどれですか?
常用漢字表(2,136字)に含まれる国字は、「働・畑・込・匂・塀・峠・枠・栃・搾」の9字と一般的にいわれています(「匂」は常用漢字表に追加された2010年以降の扱い)。
この中で最も使用頻度が高いのは間違いなく「働」。毎日どこかで目にしている国字の代表格です。
Q. 中国から逆輸入された国字はありますか?
はい、面白いことに少数ながら存在します。
日本で作られた「働」は、近代以降に「労働」という熟語とともに中国に渡り、現代中国語でも使われるようになりました。国字が国境を越えて逆輸入された珍しい例です。
まとめ|国字は「日本語を見つめ直す鏡」
最後にこの記事のポイントを整理します。
- 国字とは中国漢字を基に日本で独自に作られた文字で、総数1,500〜2,600字
- 成り立ちの多くは「会意」で、パーツの組み合わせから意味が直感的にわかる
- 原則として訓読みしかなく、音読みを持つものは例外的
- 20字(峠・榊・凪・辻・働・畑・鰯・鱈・鰹・丼・躾・匂・込・笹・鎹・椛・颪・裃・暫・匁)を本記事では厳選
- 自然観察の繊細さ、食文化の豊かさ、美意識の強さが、国字の世界観からはっきり見える
- 常用漢字の中には9字が国字として含まれており、現代日本語にも深く根付いている
「漢字=中国伝来のもの」というイメージは半分正しいですが、日本人はその枠組みを使って自分たちの世界を表現し直す独自の創造力を発揮してきました。国字はその最も分かりやすい証拠です。


